一緒にあったものを取り戻すまで「優雅な歌声が最高の復讐である」紹介

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昨日出来ていたことが出来なくなった。
「失ったときに初めて重要性に気づく」とは聞くように、失った際のショックの方が概して大きいものです。特に今まで当たり前だと思っていたのであれば、ダメージはさらに大きくなるでしょう。

樹戸英斗「優雅な歌声が最高の復讐である」は人生で共にあったものを失った主人公が再起を目指すまでの物語です。失ったショックから立ち直れていない人、世界が無味に見える人へ読んでほしい作品でした。

小説情報

あらすじ

俺は怪我でサッカーを辞めた。他にやりたいことなんてない。そんな灰色の高校生活で出会ったのが、歌姫の瑠子だった。学校中に注目される瑠子は、夢を失った俺には近寄り難いけど、その瑠子から合唱コンクールで指揮者に指名された。なんで俺が――?

私は歌えなくなってアメリカから帰ってきた。クラスのみんなは歌姫「RUKO」に期待している。でも、本当のことを言えず辛い時、サッカーをやめて無気力になった隼人がいつも助けてくれる。隼人はかつては眩しかった。私のことは覚えていないみたいだけど、また輝きを取り戻して欲しいと思ってる――。

 

走れないフットボーラーと歌えない歌姫の、出会いと再生と恋の物語。

読みどころ3選

  1. 失った人がどうやって「好きの感情」を取り戻すか
  2. どうして瑠子は「意気地なし」と隼人に突っかかったのか
  3. 新天地での再起は受け入れられるのか

主要人物

荒巻隼人

元クラブユース所属で、u-15日本代表にも選出された。左膝の靭帯断裂の後遺症により能力の衰えを自覚し引退。その後はサッカーを徹底的に避け、無気力に過ごしてきた。

後ろめたい学校生活になると諦めていたが、1人への想いから動き始める。

倉嶋瑠子(Ruko)

約4.5オクターブと非常に広い音域を発せられる歌姫。求められる歌は「恋愛ソング」。事情によりアメリカから日本へ帰ってきた。ストレス発散の行動としてサンドバッグ叩き、独りDJを隠れてしている。

教室では、「秘密の花柄ファイル」を覗いていることが多い。

小林朋美

隣のクラスである7組に所属。Rukoが海外に行く前(中学時代)からの親友。

付き合いかけた恋愛エピソードをアイデアにされたこともある。

出海良宏

出席番号2番。1番の隼人にRukoを教えたり、サポートを促したりしている。

フットサルサークル所属で、隼人を入れようとしている。

美馬真弓

4歳上の大学生。隼人の父が経営しているスペインバー「アレグリア」でバイトをしている。

地元のフットサルグループにも参加しており、練習試合の相手になっている。

ストーリーPickup

以下、ネタバレ注意です。

”無気力ゾンビ”

人生を賭けていたサッカーから離れ、視線を浴びないように残りの高校生活を流す。日差しを避けるゾンビの如く過ごした彼へ、いつの間にか付けられた渾名が「無気力ゾンビ」でした。

きっかけは怪我で実力が落ちたことでした。決して出来なくなったわけではなかったのです。なぜサッカーから離れたのでしょうか。瑠子にはそれが理解できませんでした。

瑠子は、口をぱくぱくさせる隼人を見据えて言った。
「思うようにできなくなったら、やめちゃうんだ。サッカーなんて、好きでもなんでもなかったってことだ。本当に好きだったら、しがみついてでもやってるはずだよ」


p19より

瑠子は隼人を合唱コンクールの指揮者に推薦します。数年前将来を折られたように、自分の得意なフィールドから叩きのめす。その末に気づいてくれることを願って。

この時点では過去の2人の関係が語られていません。というより、元日本代表の隼人にとって些事で覚えていなかったからですが。「なぜ歌姫がそこまで気に掛けるのか」と感じる読者も多いと作者が思ったのか、瑠子への陰口を表立って追求するシーンが挟まれています。瑠子との過去の友人関係に固執する人達と、どうして日本に帰ってきたのかを考えない人達。「瑠子に嫌われてでも」両者に発破することは中々できることではありませんでした。

「なぜあなたを指揮者に推薦したのか、教えてあげましょうか」
瑠子の大きな瞳には、大粒の涙が浮かんでいた。
「腰抜けの性根を叩き直すためよ」


p96より

好きなものは?

本人達にとっては大事なこと、傍観者にとっては大事。サッカーが好きだと自覚した隼人は、トンデモ行動に出ました。

事件はドームスタジアムで起きました。瑠子達は隼人を励ますため、かつて隼人が好きだった海外チームの来日試合のチケットを取ってきます。真弓の計らいもあり二人きりのデートとなりました。

観戦早々雰囲気に魅入られ、隼人の脳内に試合展開が映し出されます。そして居ても立っても居られなくなった少年は、ドームを飛び出しました。瑠子を置き去りにして。

主人公が心の内に気付く重要なシーンではありました。ただ、「デート相手を置き去りにし」「雨の街を駆け抜け」「練習試合に乱入し」「人が変わったように蹴り出す」というツッコミどころのある形でした。この変貌ぶりには瑠子も驚いています。

『す、好きって、なにが?』
「俺はサッカーが好きだ」
瑠子が息を呑む気配があった。
隼人は微笑を浮かべ、清々しい気持ちでいた。


p238 瑠子が聞きたかった言葉

秘密の花柄ファイル

作中にて何度か出てくる「秘密の花柄ファイル」。歌姫が休み時間の旅に読んでいるもので、学校中の謎となっていました。瑠子の部屋にあったものを覗こうとした隼人へ、彼女は見せてきました。

恋愛感情に満ちた歌を歌っていた少女が秘密にしていた中身は……

ファイリングした本人が『読んでると気分が悪くなるよ』(p262)と笑うほど黒いものでした。SNSやブログ、掲示板での罵詈雑言を切り取り、煮詰め固めることで作られた一品です。純度100%、全てが誹謗中傷です。

父親が歌手になることへ反対していたのは、業界の裏事情や陰口を知っている故です。しかし、瑠子は反骨心を燃やし続ける動機へ昇華していました。高音を失って日本へ帰ってきた後も、心を折らないように習慣を続けています。

なぜ少女は傷ついても続けたのか。今までどうやって保ってきたのか。そして挫折を乗り越えた後にどうありたいか。この描写は後に復活するための伏線となっています。

「おまえがやりたい、純粋に歌いたい歌を歌うっていうのは、既存のメジャー・シーンでは無理だ。あいつらは、大資本をバックにしたプロフェッショナリズムで、利益を挙げたいだけなんだ。アーティストから表現の自由を奪い、芸術を貶める存在だ。金のために」


p302より なぜ瑠子父が反対していたか

まとめ:Restart

本小説は人生で共にあったものを失った主人公達が、再起を目指すまでの物語でした。「無気力ゾンビ」と呼ばれるほど落ちぶれた少年は、少女たちの助けを得ながら得意だけでなく好きであることに気づかされます。また一番の強みを失った少女は、誰よりも近くで応援してくれた少年のおかげで好きな歌へ一歩を踏み出しました。

最後に、タイトル「優雅な歌声が最高の復讐である」の意味を引用して終わります。

以前の自分は臆病だった。すぐに落ち込み、やりたいことができなくても、我慢して歌い続けていた。そんな弱い自分への復讐だ。ここでみんなに、ありのままの歌声を聞いてもらうことが、この日の後も歌い続けることが、自分への最高の復讐なんだ。


p328より

中学時代、瑠子は大人の指示に従って売れる曲を歌い続けました。「地元の夏祭りのステージ」とかつて立っていた場所と比べると見劣りする場所。失われたホイッスルボイスから武器を変えて、彼女はスタートします。かつての声を求めていた人に誹謗されることもあるでしょう。それでも隣に彼がいる限り、2人の未来は明るいと思わされました。

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