知っておきたい、学校では触れにくい負の側面6選

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 目的:負の側面を理解したうえで、化学の進歩を見ていくこと

今回紹介する書籍は左巻健男著「絶対に面白い化学入門 世界史は化学でできている」です。メソポタミアやギリシアといった5000年以上前から、現代まで数多くの化学が関わってきました。世界は何でできているのか、なぜ燃えるのかといった哲学的な問題から、染料やガラスの歴史といった具体的なものの歴史まで多くのフックが載っているおすすめの作品です。

化学によって産業が発展したり便利になったりした側面もあれば、負の作用もいっぱいありました。あえて学校では触れにくい負の側面を知ったうえで、知識を深めていってほしいと思っております。

20世紀以降の問題児6選

四大公害病のように使い方・処理を誤ったものではない、ただただ「なんで作った」「なんで気づかなかった」と言いたくなるような問題児6つを集めました。それぞれについて引用追記していきます。

「魔法の弾丸」とは言ったけど:”飲みやすくした”サルファ剤

末梢血管が拡張し、最終的に血栓ができて機能不全を起こしたり血小板が消費されたりして最悪死亡する……第一次世界大戦に恐れられていた敗血症という病がありました。原因は傷口から溶連菌が入ってきたことだと分かっていましたが、菌がどこにいるのか見極める術がなかったのです。

ドイツの化学産業を振興させるために作られた機関『IGファルベン』にて、探すための研究が行われました。そして約15年後の1932年秋、彼らは真っ赤なアゾ染料「ブロントジル」が治療にも著しく効果を発揮することを突き止めました。

治療に貢献していたのは染料「ブロントジル」ではなく、体内で分解されてできた「スルファニルアミド」であった。この事実に気づくまで2年を要している。
その後、およそ10年間で5,000以上の誘導体を開発し、総称はサルファ剤と名付けられました。この薬剤は数多くの人命を救っており、中には第二次世界大戦中のイギリス首相ウィンストン・チャーチルの名もあります。1939年ノーベル賞生理学・医学賞を授賞するほどの偉大な功績でした。
では、どこに問題があったのでしょうか?
授賞はしたものの、ナチス政府の圧力があったため辞退した。
問題はアメリカにて”飲みやすくするため”と添加された物質でした。甘い液体にして飲みやすくする手法は現代でも幅広く使われています。ただ、何を狂ったのか彼らは「ジエチレングリコール」で溶かしたものを販売していたのです。
ジエチレングリコールとは……無色無臭で水に溶ける液体。触れる分には無害なので不凍液や塗料などに使われる。ただし、飲むと腎臓へ大ダメージを与える
飲みやすくとこだわった結果、薬禍事件として100名近くの犠牲がでました。
その後もジエチレングリコールによる事件が報告されており、ハイチでは1995年に88名が、2006年には34名が亡くなっています。
これを機に医薬品の法律が改正され、「全成分の記載」「流通前の安全性の確認」などが必要となりました。

疲労ごと吹き飛ばす薬:ヒロポン

1933年にアメリカ合衆国で知られ始め、1941年に大日本製薬(現:住友ファーマ株式会社)より発売した薬「ヒロポン」。「philoponos(直訳:仕事を愛する)」から名付けられたり、「疲労がポンととる」という俗説があったりするおくすり。倦怠感や眠気を薄れさせ、長く仕事を続けることができると流行しました。

画像引用先:大日本製薬株式会社

聡明な読者なら気づいていたかもしれません。ヒロポンとはメタンフェタミン、覚せい剤のことです。

強烈な快感や高揚感が3時間から12時間続くとされますが、錯覚に過ぎません。とはいえ当時は依存性が知られていなかった点、眠気減衰には確かに効いたこと、時代背景もあり幅広い分野で使用されました。ときには上司に強制的に使用させられたケースもあるといわれています。

1945年の敗北後、GHQの命令により軍が保有していた薬品が市場に流出しました。その結果、闇市も通して一般により一層流通し更なる被害を与えました。

1947年に危険性が認知、1950年に劇毒指定、1951年に「覚醒剤取締法」で名指しで禁止措置になっています。しかし、依存症を抑えるには手遅れで、多くの急性中毒者を生み出しました。

結果として、なぜ疲労回復薬として売ってしまったのか謎な一品でした。

「夢の化学物質」の末路:DDT

1874年に合成された化学物質DDT(dichlorodiphenyltrichloroethane)。1939年、スイスのパウル・ヘルマン・ミュラーが殺虫作用を報告したことが転機となります。体に触れただけで虫が麻痺する、太陽光に強い、安い、DDTは求められた性能を満たしていたのです。

対象の虫も蚊、ハエ、シラミ、ナンキンムシ、アブラムシ、ノミなどと幅広いところも魅力でした。特に疫病を媒介する蚊(マラリア)やシラミ(発疹チフス)に効くということで、不衛生な兵士の患者激減に貢献しました。

「夢の化学物質」と呼ばれ、30年の間に世界中で300万トン以上を散布されたDDT、なんでこのページにいるのでしょうか。

きっかけは1962年、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』でした。有機塩素系殺虫剤が長期に渡り残存し、生態系に悪影響を与えることを突き止めたのです。特に動物の脂質に蓄積される点、プランクトンからどんどん濃縮される点が問題となりました。カーソンの研究の中では、DDD(CCl3→CHCl2)がカイツブリ(下図)体内で生物濃縮によって環境中の178,500倍になり、大量死を引き起こしたと推測しています。

米国は1972年に規制を強化、1983年までに1/3へ減少しました。

日本は1969年に国内向け生産を禁止、1972年に使用禁止措置が取られました。

この話には続きがあります。DDTが抑えていたマラリアは今日でも毎年2億1900万人が感染し、435,000人が殺されている病です。数千万以上の命を間接的に救ってきたり、DDTに耐性を持つ媒介虫ハマダラガが生み出されていたりと、良くも悪くも偉大な薬品です。代わる物質の研究も思うようにいっていないのが実情です。

濃縮される危険性を知らなかったことこそが広く分散してしまった要因でしょう。

「夢の物質」は空へ:フロン

モノを冷やすことができる。冷媒は長期保存の観点で重要な要素です。古来は氷で、19世紀半ばにはアンモニアやクロロメタン・二酸化硫黄などが用いられました。最初の家庭用冷蔵庫は1918年に誕生し、二酸化硫黄の冷媒でした。

冷媒とは……通常の温度域内で気体となり、圧縮すると液体になる物質のこと。気化熱によって温度を奪うことができる。

しかし、これらは分解する、燃える、毒がある、臭いと問題だらけだったのです。当然改善が求められ、1928年に合成されたのがCFC(下図)です。1930年に不燃性と無毒性をアメリカ化学会総会でアピールしているあたり、ヒロポン達とは一味違います。日本でも1930年に一般生産が開始され、1978年にはフロン式冷蔵庫が普及率98%を叩き出しました

「夢の物質」フロンは本当に欠点がなかったのでしょうか。

問題は思わぬ角度から発生しました。

1980年代半ば、有害な紫外線を吸収しきれなくなるほど成層圏のオゾンが減っていることが判明したのです。犯人はCFCが紫外線で分解されてできた塩素原子Clでした。

生まれた代替フロン(HFA 134aなど)にも問題はありました。こいつら、後に二酸化炭素の数千倍以上の温室効果をもたらすことが判明します。最終的にノンフロンが求められ、イソブタン(欠点:燃える)や二酸化炭素(欠点:低効率)の冷媒に落ち着くのでした。

紫外線の作用……動植物の生育が妨げられる+DNAを傷つけ皮膚がんの増加や免疫作用の低下

フロンの問題児たるゆえんは、オゾン層の破壊という想定外の方向からトラブルを招いたことにあると考えています。

悪用された副製品:毒ガス

水素(H2)と窒素(N2)からアンモニア(NH3)を合成する。足し算としては簡単でも実現することは簡単ではありませんでした。1909年にフリッツ・ハーバーによって手法が完成し、10年代前半カール・ボッシュによって大量生産に成功しました。この手法は2人の名からハーバー・ボッシュ法と名付けられます。

ハーバー・ボッシュ法はいくつもの偉業を成し遂げています。硫酸と混ぜてできる硫酸アンモニウムなどは窒素肥料として『緑の革命』の一助を担っています。オストワルト法で作り出した硝酸によって火薬を国内で調達できるようになりました。アンモニアソーダ法(下図)により、ガラスや石鹸などの原料である炭酸ナトリウムを石灰と食塩から作れる技術も一般化しました。

しかし、アンモニアソーダ法の副生成物である塩化カルシウムが後の悲劇を生み出しました。生産過剰になった塩素を兵器として悪用したのです

「毒ガス兵器で戦争を早く終わらせられれば、無数の人命を救うことができる」

「科学者は平和には世界に属するが、戦争時には祖国に所属する。ドイツこそは平和と秩序を世界にもたらし、文化を保持し、科学を発展させる国だと私は信じる」

技術指揮官となったのは、他ならぬハーバーでした。妻クララの制止を振り切り、熱狂的ともされる愛国心をもって貢献していきます。塩素の10倍の窒息性を持つホスゲン、接触するだけで皮膚が火傷し、肺や肝臓に被害を与えるイペリット(マスタード・ガス)と進化していきました。防毒技術の進歩と並行し、毒ガスも進化する必要があったのです。

ハーバー・ボッシュ法から毒ガスの進化まで10年も経っていません。期間の短さは管理能力と中期計画の欠落をもたらし、数多の犠牲(と1917年のアメリカの参戦)を生み出してしまいました。1日に25万発の毒ガス製造能力(大戦直後のアメリカ)と猛毒ルイサイト開発など、化学兵器の開発レースのトリガーを作ってしまった故に問題児としています。

 

最後に皮肉を1つ。妻が自殺した後もハーバーはドイツに貢献し続けました。彼の晩年はユダヤ人としてアドルフ・ヒトラーに追放され、失意の中祖国に帰れず亡くなるというものでした。

「ユダヤ系の科学者を追放することは、ドイツから物理と化学を追放することである」

「それならば、これから百年、ドイツは物理も化学もなしにやっていこうではないか」

化学と祖国に人生を費やした男の末路は、偉大な発明をしたと思えないほど寂しいものだったのです。

人間性を失った装置:原子爆弾

6人目の問題児は原子爆弾です。大きな原子核が分裂するとき、大きなエネルギーを発生させます。このエネルギーを爆弾にしてやろうという狂気の発想で生み出されました。

核分裂の現象解明には女性物理学者リーゼ・マイトナーの貢献がありました。ウラン(原子番号92)に中性子をぶつけると、何故かバリウム(原子番号56)ができたのです。この現象を1939年ネイチャーで報告しました。わざわざ危険性を追記してです。墓標に“A physicist who never lost humanity”(人間性を失わなかった物理学者)と遺された彼女が断った計画こそ、マンハッタン計画と呼ばれるものでした。

1941年に設立されたマンハッタン計画の目標は、存在率0.71%の235ウランの分離濃縮、プルトニウム製造の原子炉造りの2つでした。1945年7月、原子爆弾第一号の開発に成功、ニューメキシコの砂漠で実験が行われました。8月6日「リトルボーイ」が広島に、8月9日「ファットマン」が長崎に落とされ、1945年中だけで20万人以上を殺害しました

こいつが問題児たるゆえんは、必要性の無さおよびたがを外す早さにあります。

当初の目的であったナチスドイツは1945年5月には降伏しています。原子爆弾がなくとも日本は既に完敗しており、正当性などありませんでした。ましてや完成してから使用まで1か月でその後など考えてなかったのです。

強いて理由を付けるとすれば、「対ソビエト連邦へのアピール」「黄色人種に向けた嫌がらせ」でしょうか。1つ目の動機も、1948年8月にソビエト連邦も作ったことで失われました。

ありきたりな結論ながら、被害者の数および開発理由の薄さから20世紀最悪の装置と書いても過言ではないでしょう。

さいごに

  1. サルファ剤の添加物:安全性を確認しなかったこと
  2. ヒロポン:危険性を探らなかったこと
  3. DDT:濃縮されることを知らなかったこと
  4. フロン:外の事象に目を向けられなかったこと
  5. 毒ガス:次の相手の一手を考えなかったこと
  6. 原子爆弾:人間性を麻痺していたこと

 

このページで取り扱ってきた6つのまとめになります。「無知が引き起こしたもの」「その後を考えなかったこと」の2つに原因は大別されました。

人はなんやかんやで反省することができます。今後も新しいものを生み出していく中で、ときには踏みとどまり、ときには速攻で対応する。繰り返しによって世界は進歩していくと信じています。

参考文献

歴史をかえた魔法の弾丸 『サルファ剤、忘れられた奇跡』 【ノンフィクションはこれを読め!HONZ】https://www.kinokuniya.co.jp/c/20130410112044.html

パナマにおける謎の疾病~原因はジエチレングリコール|愛知県衛生研究室https://www.pref.aichi.jp/eiseiken/3f/deglc.html

5分でわかるマラリア対策用農薬「DDT」使用が禁止されたのはなぜ?元塾講師がわかりやすく解説 https://study-z.net/100083313

からむこらむ~その88:ヒトラーとからし~http://home.r02.itscom.net/ktym/aldehyde/box8/column-88.html

大竹 伝雄, 東稔 節治, 駒沢 勲, 川嶋 将夫, “塩化カルシウムの熱分解に及ぼす酸性固体の効果”, 化学工学論文集9巻 5号(1983), p.523-529 https://www.jstage.jst.go.jp/article/kakoronbunshu1975/9/5/9_5_523/_article/-char/ja/

核分裂を解明した女性科学者リーゼ・マイトナー「人間性を失わなかった物理学者」と墓に刻まれた理由 https://logmi.jp/business/articles/239874

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