この記事には広告が含まれます。
【霜月さんはモブが好き_感想】『ハーレム主人公』の呪縛から解き放たれて
著:八神鏡、イラスト:Rohaの『霜月さんはモブが好き』は失っていた少年少女が『主人公』の呪縛から逃れるまでのストーリーです。主人公中山幸太郎は1日で関係者3人をハーレムメンバーに取り込まれてしまった不憫なキャラクターです。自己肯定感も底辺でうずくまっています。
ヒロイン霜月しほは無口で病弱なのだと決めつけられ、孤高の立場に取り残されていました。偶然の遭遇をきっかけに2人は中和され、本性をさらけ出せる関係になっていきます。それを『主人公』竜崎龍馬が許すわけがありませんでした。
本作は総じて押し込まれた立場からの脱却が主軸となっています。甘いラブコメの要素もありますが、それよりも『主人公』の傲慢さと『モブキャラ』の意地の対比が印象に残りました。ハーレム主人公に飽き飽きしている人にオススメします。
読みどころ3選
- 無口な少女霜月しほが求めていたもの
- ザコを演じてでも守ろうとする主人公
- 『キャラクター』のレールから解き放たれるまで
目次
小説情報
あらすじ
普通のラブコメなら、俺はただのモブキャラでしかなかっただろう。義理の妹も、女友達も、幼馴染も、みんなモテモテなあいつを好きになった。何もせずとも生まれながらに女子に好かれる主人公様は、呆気なく俺が大切に思っていた彼女たちをハーレムメンバーにして、青春ラブコメを楽しんでいる。モブキャラの俺は、教室の端っこから主人公様を眺めることしかできないはずだった。
放課後、忘れ物を取りに学校に戻った中山幸太郎は、誰もいない教室で眠りこける霜月しほに遭遇する。
クラスでハーレムを形成中のモテモテ男子・竜崎龍馬の大本命と噂の彼女だが、いつも無表情で笑ったところを見た者はいない。
なのに今、その白い指が幸太郎の手を握って――⁉
小説家になろう『霜月さんはモブが好き』および、Bookwalker『霜月さんはモブが好き』より
主要人物
中山 幸太郎
廊下側後方の席で竜崎のハーレムを眺めている一般モブ。竜崎によって一日で義理の妹、友人、幼馴染をハーレム要因として奪われた不憫性をもつ。
表情から何を考えているか分からないと称される。踏み台キャラの演技が性に合うほど、自己肯定感が非常に低い。
霜月 しほ
白銀の髪と空色の瞳をした、圧倒的な存在感を放つヒロイン。竜崎の幼なじみで、彼に付きまとわれている。
非常に耳が良く、何となくの感情や性格を掴み取れる。
中山 梓
幸太郎の義理の妹。亡くなった兄の役割を押し付けた挙句、無残に幸太郎を切り捨てた件を申し訳なく思っている。
幸太郎へは家族としての親愛だが、竜崎への想いは恋心である。
竜崎 龍馬(竜馬)
幸太郎が『主人公』と称する長身の男性。顔は少し良く、運動や勉強もそこそこできるが突出していない。3人のハーレムをはびらせてはいるが、幼なじみの霧月しほが本命である。
病弱で無口な霧月を傷つけないように過保護に接し、他の男が寄り付かないように制している。
「霧月さんはモブが好き」ストーリーPickup
以下、ネタバレ注意です。
霜月しほは心の音が聞こえる
霧月しほは心の音が聞こえます。優しい人からは澄んだ音が、怖い人からは黒板を引っかいたような不快な音がするとされます。彼女は誰かが近くにいるとすぐに気付き、一人っきりでないと眠れませんでした。
中山幸太郎は例外でした。居眠りしているときに触られても反応できなかったのです。緊張せずにいられる特異点として、逃げようとしていても幸太郎を手放したくありません。しほは幸太郎の心音を『家族に近いせせらぎのような音』と語っています。
幸太郎はしほのことを高嶺の花だと考えていました。周りの人を奪っていった『主人公』竜崎の想い人で、常に無表情な少女。モブキャラが隣にいるのは不相応だと考えて、起こしたしほから逃げようとしました。
しほは竜崎龍馬を嫌っています。言葉にならないほどに不快な、人を傷つける音を昔から発していました。また彼の周りの女から嫉妬の音をぶつけられています。
殺し屋レベルの察知能力を身に付けてしまったほど、しほにとって竜崎はトラウマになっていました。
距離感を間違えた友達関係
しほは気軽に話せる幸太郎を手放したくありません。友達を作った経験がなく、普通を知りませんでした。
知らないが故、しほは幸太郎へ急速に仕掛けました。2日目に弁当を幸太郎へ分け与えます。3日目には一緒に帰宅して、幸太郎宅へお邪魔しています。幸太郎の義妹の梓を彼女と勘違いするイベントも一気にこなしました。このとき、幸太郎の枕をお土産に持ち帰っています。
『メインヒロイン』は分かりやすいくらい『モブキャラ』へ勇んでいます。『主人公』にとって『モブキャラ』の行為は不快極まりないものでした。
偏屈かつ傲慢、ご都合主義で治外法権
しほは体が弱くて、男の誘いを無下に断れない。独りでいるのが大好きで、誰にも理解されない可哀想な少女。『主人公』竜崎は『メインヒロイン』霜月しほを唯一理解できる存在だと決めつけていました。
「どうせお前が強引に連れてきたんだろ? あの子はきっとイヤがっていたはずだ。でも優しいから断れなくて、仕方なくついてきたんだ。そのせいで体調を崩した。もともと病弱だが、お前と一緒にいたことで緊張もしていたんだろうな」
『霜月さんはモブが好き「第二話 竜崎竜馬という『主人公』」』より ※原文ママ
想いに報いず、無責任に優しさを振り回す。自分の想いを絶対だと信じて、否定しても反論する。しほからも幸太郎からも竜崎のスタンスは否定されています。
恋は盲目である。竜崎は傲慢なほどしほへ一途でした。世界は彼の恋を応援し、必ず近くに配置してくれます。いつか願いは届く、想いを否定してくれる人はいませんでした。
勇気の告白を美談にし、想い人の真意を圧し潰し
- バスの座席表で隣の席を獲得するが、バス酔いを言い訳に断られる
- 幸太郎を火起こし係で独りきりにしようとするが、しほがいつの間にか隣に立っている
- ドッジボールで自分が活躍するが、しほはボロボロの幸太郎を見て笑っている
- しほがドッジボールを顔面にぶつけたとき、幸太郎を頼みにした
- 肝試しで誘おうとしても別の組み合わせに誘導される
しほは自分を見ていないのではないか。竜崎はこれだけ満たしてようやく疑問に思いました。
肝試しの直前、竜崎は幸太郎へ敗北宣言をしています。しかし、世界はまだ竜崎を『主人公』だと扱っていました。
物語は底があってこそ成立する。『主人公』が再起するイベント、『サブヒロイン』中山梓の告白が発生しました。
純粋な思いは薬として取り込まれたが、しかし龍馬の毒は強かったのだろう。
薬の抗体を生成して更に凶悪性の増した毒となって、梓を冒したのだ。
結果、彼に依存していた梓は……麻薬を過剰摂取したみたいに、壊れかけていた。
「りょ、龍馬おにーちゃんが、元気になってくれたら、それでいい……よ」
心にないことを言いながらも、その瞳は揺れていた。
必死に取り繕った笑顔は歪だった。
だというのに、龍馬はそんな異変に気付かない。
彼にとって今回のイベントは爽やかな青春の一ページでしかなかった。
『霜月さんはモブが好き「第五話 サブヒロインの宿命」』より
幸太郎の心境を示す地の文が言いたい放題です。
とはいえ幸太郎が憎むのも分かってしまいます。『キャンプファイヤーのときに告白すると成立する』と語った梓を知っている。理想の兄ではなく、一人の男性として慕っている。成長した梓の初恋を幸太郎は応援していました。だからこそ、告白のタイミングを崩されたうえ、主人公の踏み台にされることに我慢ならなかったのです。
『モブキャラ』の自縄自縛を越えて
中山幸太郎は自分への否定が多すぎるキャラクターです。周りを荒立てないように立ち回り、上にへつらうこともためらわないくらい卑屈な性格でした。
『主人公』が『メインヒロイン』にキャンプファイヤーの注目の中告白する。しほにとってこの上ない嫌がらせのイベントです。それでも自身を『モブキャラ』と蔑視して動けませんでした。
『メインヒロイン』ではなく霜月しほが、唇の動きで助けを求めます。しほの願いに応じて、『モブキャラ』ではなく『竜崎の敵』として幸太郎は立ち上がりました。
「ははははっ!……バカバカしい。お前を好きな女の子が本当に可哀想だ。傍から見てて、同情するよ。あんなに一生懸命、大好きって想いを伝えているのに、お前は見て見ぬふりをしてばかり。彼女たちの想いを裏切り、踏みにじり、足蹴にして、報いる努力もしない。そんな竜崎が、一途? ふざけるなよ」
「っ……一途は、一途だろ! 俺は、他の女の子に告白されても、しほだけを好きで居続けた! だから、俺はこの告白を成功させないといけないのに……じゃないと、告白してくれたあの子に、合わせる顔がないっ」
『霜月さんはモブが好き「第六話 モブキャラのままではいられない」』より
竜崎の想いは、最初からしほにだけ向けられています。しかし、自分の理想のしほを押し付け、しほの本心を探ることをしませんでした。
私はこのやり取りを見ても、竜崎は一途だったと考えています。報われていないのに、周囲の誘惑を我慢し続けました。いつかは届くと信じて、声を掛け続けました。
これは客観的にどちらかが正しい問題ではありません。もし本作を読んだ方がいれば、感想を聞いてみたいと思います。
まとめ:『音』を変えるのはやめて
『主人公』に勝ったのだから告白しなければならない。強迫感に駆られた幸太郎を止めたのはしほでした。幸太郎は恋を知らない。知ってから改めて告白して欲しいとしほは願っています。
卑屈なモブキャラとして、燃える敵キャラとして。幸太郎は作中で何度か、立場に合うように『音』を切り替えていました。これからは、しほが一番気に入っている自然体の『音』のままでいてくれることでしょう。
著:八神鏡、イラスト:Rohaの『霜月さんはモブが好き』は失っていた少年少女が『主人公』の呪縛から逃れるまでの物語が描かれています。
一途に傲慢であり続けた男と、少女の想いに寄り添うことを選んだ男。ネタバレを恐れずに言えば、よくある対比に深く切り込んでおり、どちらが魅力的なのか改めて考えたい人へもオススメしたい小説でした。
コメント