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【全てを注いだ9分間】湊かなえ「ブロードキャスト」感想
今まで人生を賭けていたものを失ったとき、人はどう行動するでしょうか。元の道に戻るために足掻くのか、別の道を探るのか。たまたまもらった同級生の推薦から、少年の世界が広がっていきました。
湊かなえ著「ブロードキャスト」は放送コンテストという広がったチャンスを掴み取り、新たなものへのめり込んでいく少年を描いた物語です。ふと訪れた機会に挑戦できるか、戻る機会が来たときにどう選択するか。タイミングに対応したい、そんな人に向けた作品だと感じました。
読みどころ3選
- 偶然のきっかけを自分の想いと掛け合わせられるか
- 放送コンテストを通して、興味が湧いていくプロセス
- 過去の憧れと現在の成長のどちらを選ぶか
目次
小説情報
あらすじ
中学時代、駅伝に打ち込んでいた圭佑は、あと一歩のところで全国大会を逃した。怪我により目標を失ったいたところ、声の良さを買われ放送部に入部することになった。次第に活動にのめり込んでいった圭佑は、全国高校放送コンテストを目指して、ラジオドラマ制作に挑戦していく。
主要人物
町田圭祐
本作の視点人物。中学時代は陸上部に所属し、駅伝の県大会にて準優勝を取った。卒業直前に右直事故に遭い陸上の道を閉ざされた。
夏に手術(左脚のボルトの取り外し)を行う予定。
山岸良太
別名「カモシカくん」1500mのスペシャリストで陸上部のエースだったが、中三の夏に両膝を故障した。
スポーツ推薦にて青海学園陸上部に進学する。
宮本正也
上2人と同じ三崎中出身。ラジオ好きでとある経験からラジオ脚本家、青海学園放送部を目指す。声の良さから圭佑を放送部へと勧誘する。
放送部の方々
3年生5人、2年生4人、1年生3人の合計12人。過去には全国大会優勝も成し遂げている名門校。講師が昨年代わり、10年連続出場記録が危ぶまれている。
3年生
- 月村アカリ 放送部部長で取りまとめ担当。兄が全国大会で優勝しており、自分も貢献しなければならないと焦りがみられる 月曜日
- アツコ 演技担当 ある意味で彼女の怒りが演劇部を変えた 火曜日
- スズカ 脚本・BGM(ヴァイオリン)担当 水曜日
- カゼコ 撮影・書類整理担当 木曜日
- ヒカル 演技担当 中学二年生のとき皆に無視されていた経歴がある 金曜日
2年生
- 白井 2年生代表でドキュメント部門担当。理屈は通っているが口調が厳しめ
- ミドリ 渾名は女子アナ先輩。アナウンス部門担当
- ラグビー先輩 体育会系の男性部員 ドキュメント部門担当
- シュウサイ先輩 賢そうな男性部員 ドキュメント部門担当
ストーリーPickup
以下、ネタバレ注意です。
はじまりの勧誘
転機は入学式、偶然宮本正也と出会ったことでした。名前を知らない仲でファーストフード店に誘われ、放送部へ勧誘されました。
『町田の声は、俺の理想の声なんだ!』(p43より引用)
正也は偶然の出会いをチャンスと捉えて告白し、圭佑は妄言だと捨てず乗ってみる。互いに好機を逃さなかったことにより新しい関係が開かれていくのでした。
540秒
練習方法、活動場所、大会での動き……ほとんど共通点のない長距離走と放送部。2つを繋ぐものは何なのでしょうか。
作者の回答は3000m走のタイムでした。中学生の全国レベルのタイムが9分前後(8:45~9:11)、ラジオコンテストの制限時間も9分。ペース配分を熟知しているからこそ焦りすぎや中だるみを回避できる。正也の提案によって圭佑の考え方が変わり、散々な出来であった演劇の動き方に変化がもたらされていきました。
ケンガイ
正也が数日間で台本を書き上げ、全員の協力の元わずか1か月で完成までもっていきました。患者周囲1kmに電波が通らなくなる架空の病から現代の孤独やいじめを問う物語に仕上がっています。「無視」といういじめに遭っている同級生へ送るメッセージであり、孤独の人に思いを込めて声をかけてみせるという高校生(子供)からの誓いでもありました。
2人の想いが全国まで駆け上がるうちに訪れた変化にも注目です。
ラジオドラマ作品群(短編用ネタ集)
県大会決勝だけあり粒物揃い。面白そうな掌編のアイデアが色々あったため個人的ヒット3選を紹介してきます。
「ミッション」:深夜に屋上で彗星を見ていた男子生徒が爆弾の時限装置の解除を頼まれた話。ラジオで走馬灯を再現しようとする試み、男子生徒の名前を呼ばずに依頼したこと、謎に存在していた装置の正体などショートショートっぽい作品だと感じました。
「告白シミュレーション」:女子高生が思いを伝えるため幼馴染に練習台になってもらっているうち、本当の恋心に気付く物語。ありがちな設定の中の作品。しかし、橋から落ちる、鼻血を出し過ぎるといった主観的な描写を多用し想像力を働かせることに主眼を置いていました。
「ありがとう」:男子高生が塩分不足で倒れ、目を覚ますと10人に囲まれていた話。干し梅が街中を駆け巡り最後に更生までさせる非常識さが売りでした。後、エヴァンゲリオンのあれを思い出しました。
運営JBKの求めるもの
日本放送協会ことJBK(Japan Broadcast Kyoukai 元ネタNHK)。倫理観を重要視する団体が求めるものは、少年たちの面白さと別物でした。
(前略)
冒頭に、人がパニックを起こしている描写があれば、圏外になる不安や恐怖心を、聴き手に、より喚起することができたのではないか。
家族仲はよいのだから、妹はもっと早く親に相談していれば、ケンガイにならずに済んだのではないか。解決法に甘さがある。
p279より ケンガイの書評(批判部分を抜粋)
1つ目の課題は想定通り。正也や圭佑も大会の段階で気づいており反省していました。
問題は2つ目で、審査員の考えの甘さが露呈しているものです。実際問題、「親に迷惑をかけたくない」「教員が干渉してくれない」「(無意識に)脅されている」などなど仲が良くても相談できない可能性を忘れていました。
他の意見にしても「オチに現実味がない」「捏造してでも衝突が欲しい」とか「絆が良い」だとかズレてると読者にも思わせる意見が目立ちます。また、コメントに対する圭佑の感想『タスキリレーを、安易な比喩に用いるな』が不満以上に陸上への未練を感じさせるものでした。
JBKが求める作品ではなく、適切な批判を受け入れ本心で作品を創り出す姿勢で一致したことに好感が持てます。
まとめ:次のラップへ
何故中学時代の駅伝で、エースの山岸良太が補欠へ回されたのか。町田圭佑は手術後に取材を重ね、遂に答えに辿り着きました。跡を残さず決断を良太へ伝える圭佑。服でオチが読めていても、良太は選択を受け入れ、激励を入れるのでした。
湊かなえ著「ブロードキャスト」は放送コンテストという広がったチャンスを掴み取り、新たなものへのめり込んでいく少年を描いた物語でした。ふと訪れた機会に挑戦できるか、戻る機会が来たときにどう選択するか。タイミングに対応したい、そんな人に向けた作品だと感じました。
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