【オリジナル小説 紹介】フォークボールが投げられない

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本記事は恥谷きゆう様作「フォークボールが投げられない」の紹介記事となっています。

本作は理不尽なきっかけで生きがいを失った主人公が、新しい生きがいを受け入れる物語です。甘い後輩ごっこに投じても収まらないくらい強い思いと、姿によることなく接してくれる親友の思いが印象的な作品でした。

目次

小説情報

小説データ

URL:https://syosetu.org/novel/268450/
作者:恥谷きゆう
警告タグ: ボーイズラブ 性転換
話数(2021/11/21):7話、25,324文字
UA(2021/11/21):6,304

登場人物

ひかる

高校二年生の元少年。高校二年生の春後天性の性転換病を患い、半年間入院(一年休学)、美少女となった。

将来の夢は甲子園だったが、女性になったこと、お世辞にも高いといえない身体能力から断念せざるを得なくなる。かつては、140キロを超えるストレートと落差の大きいフォークボールを操る少年だった。

佐々木 亨

強肩強打の名捕手。ひかるの幼馴染で隣の家に住んでいる。猥談で話した女性の好みを親友に再現される。最初はからかっているだけだと思い、恋愛対象に入れていなかった。

用語集

性転換病

原因不明の難病。骨が軋み新しい器官を無理やり生み出し、骨格ごと別人のように変化する。ひかるはおよそ30 ㎝縮んでいる。痛みは出産並みといわれ、死亡例も発生している。

フォークボール

人差し指と中指でボールを挟む変化球のこと。ボールの回転を抑えることで落ちる球になる。
ボールを完全に挟んで投げる必要があり、握力と手の大きさが必要となる。

参考先:フォークボールの投げ方と握り方 球の変化球の投げ方・握り方&球速アップ方法研究所

ストーリーPickup

以下、ネタバレ注意です。

失われた生きがい

ひかるは性転換によって、甲子園に行くという夢が失われました。

1つは体格の変化。約30㎝の身長低下にリハビリしても治らない体力の低下が重なっています。「美少女になる」という性転換モノの謎の法則が適用されたのでしょうか。

1つは甲子園の出場資格。大会参加者資格規定には「その学校に在学する男子生徒で、当該都道府県高等学校野球連盟に登録されている部員のうち、校長が身体、学業及び人物について選手として適当と認めたもの」(第5条(1))と決められています。

理不尽な理由によって道を断たれた主人公。相手が原因不明の難病とあっては恨む対象もいませんし、一生涯新たな体と付き合っていくことに向き合う必要がありました。亨にとってもバッテリーの相方以上に、親友がいなくなったことに苦しんでいました。

「じゃあさ、仮にでいい。退院できたら、俺のために生きてみてはくれないか?」

ひかると亨は病院の屋上で満点の夜空を見る。身長差のある2人が向き合って、自分の心情を吐き出す。北風で寒い中、感情の籠った上の発言での告白。効果はてきめんで、ひかるは復学した数か月後、親友の願い通り彼を支えることに熱を出し始めました。

 

性転換小説という観点で見れば、病としてすでに知られているため戸籍変更や所有権が保証されているのは救いではありました。おそらく補助金なども出ていることでしょう。しかし、「性別の変化によってできなくなること、できてしまうこと」に焦点を当て持ち上げたことには、作者に畏敬の念を示します。

補足:甲子園出場について

身体接触および、身体能力の差を理由として、男女別種目は多くのスポーツで共通する考え方です。ただ、高校野球の聖地が甲子園とされており、男子野球の全国大会に限定されています。

女子だけど甲子園に行きたい、女子を9人集めることが難しい、と男子生徒に混じった結果女子高校野球の大会にも参加することができない。そもそも同等以上の実力がある場合、野球に男女を分ける必要はあるのか。こういったことは女子野球をモデルとした小説、エッセイでよく取り上げられています。

議論の例:高校野球で女子部員が試合に出られないことは不当なことなのか?

2021年、25回目にして女子高校野球の決勝戦が甲子園でついに行われました。

歴史的一戦、甲子園での女子高校野球決勝は神戸弘陵が5年ぶり2度目V 高知中央下す

理想の後輩

「はい、先輩!タオルですっ!」

「ああ、さんきゅ……でもわざわざひかるがグラウンドまで駆けてこなくても……」

「はい、スポーツドリンクですっ!少し薄めて、糖分は少な目になってますよ」

亨を支えるため、ひかるは男子野球部のマネージャーに就任しました。ジャージ姿で、後輩マネージャーっぽい話し方(先輩呼びのですます調、謎口調)で、好みの濃さもあらかじめ作って手渡しする徹底ぶりです。入院生活後のブランクの間、陰で練習していた成果を見せることができていました。

癖や性癖をまとめた『亨の好みノート』をひかるは所持しています。男性時代の情報も載っており、プロジェクト関係なく捕集していた疑惑もあります。

キャッチボール

「次、フォークボール」

 一番自信のあった決め球。人差し指と中指で硬球を挟み込む。小さな手に対して、高校球児の使う白球はあまりにも大きかった。

 深呼吸。力を籠めてボールを挟み込み、全力で腕を振る。

 ボールは私と亨の間にポトリと落ち、コロコロと彼の元に転がっていった。

後輩のように振舞うひかるが、唯一変わらぬ口調をするのがキャッチボールのときでした。何も起こっていないことを乞う、男の部分が残っていました。しかし、かつてのように投げても、かつてのようにボールは動いてくれません。

夢を簡単にあきらめることができません。理不尽に奪われた苦しみを一時でも忘れるために、楽しそうなこと(理想の後輩ごっこ)に身を投じました。

亨の野球を支えることも、亨と休日に買い物に行くことも楽しそうに過ごしています。でも、ひかるは野球を捨てきるにはきっかけが必要でした。


補足:代替行動

依存症の解決方法の1つで、別の行動をすることで緩和を目指す方針のことを指す。有名なのはニコチンガム(ニコチン代替療法)や体を動かすこと。
脳の仕組み上、自分自身でコントロールすることは難しい。辞められないことを責めたり、約束を破ったことに怒ることは悪化の恐れがある。
本人を傷つけず、自分の気持ちを伝えることも答えの1つである。※依存症の条件に「本人または家族に不都合が生じる」ことが挙げられます。なので、ひかるについて当てはまるかは諸説あります。参考先:依存症についてもっと知りたい方へ

まとめ:新しい生きがい

 「やっぱり、野球のできなくなった人生に価値なんて見出せませんよ。今の私には、何もありません。人生を捧げた野球を無くして、何のために生きるのか分からないですよ。だから、亨先輩が私の人生にもう一度意味を与えてください」

野球に踏ん切りをつけた先にあったのは、虚無感でした。自己肯定の低さから、今すぐ身体を捧げてでも価値を見出そうとしました。しかし、それを受け入れる亨ではありません。どんな思いを抱いているのか、答えが出るまで待ち続けることを伝えました。

本作は理不尽なきっかけで生きがいを失った主人公が、新しい生きがいを受け入れる物語でした。甘い後輩ごっこに投じても収まらないくらい強い思いと、姿によることなく接してくれる親友の思いが印象的な作品でした。

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