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あらすじ
『金星のめぐみ』をきっかけとして宗教にのめり込んでいく両親と、それを不審に思い子どもを遠ざける周囲。親のついでで避けられても友達ができ、他の人と変わらず恋をして、そして消えていく。生まれたときから宗教に浸かっていたちひろの視点から、外と中の違いのなさを映し出していく。
登場人物
林 ちひろ
生まれつき体の弱かった少女。『金星のめぐみ』をきっかけに普通に過ごせるようになった。幼い頃から度々神秘性を教えられた結果、学校に『金星のめぐみ』を持っていく。両親の教えを守り、宗教は全面的に信じているが、両親ほど狂信していなく反抗することもある。
両親の奇行のついでとして同級生が近寄ってこず、宗教関係以外の友人は渡辺(なべちゃん)が初めてだった。中学に入ってから新村君など少しは増えているが、相変わらず避けられていた。
エドワードファーロング(実在する俳優)の映画に出会ってから、たびたび人を好きになってはすぐに飽きる謎の病気(渡辺いわく「めんくい」)にかかっている。
ちひろの両親
宗教に浸かる前は、母親は専業主婦、父親は保険会社に勤務していた。ちひろが全身に湿疹ができて、民間療法や西洋医学に頼ってもどうしようもなかったとき、『金星のめぐみ』に出会った。その後も落合さんの勧めで度々製品を買っており、父は支部長に就職会社を紹介してもらい、母は同じ宗教の人たちへと友好関係を変えていった。
外にでても奇行を繰り返していたため、周囲からは有名な不審者扱いされている。ちひろが中学生のころには、緑のジャージ姿で、公園でタオルを頭に乗せ、互いに『金星のめぐみ』を頭にかけあい、ふらふら立ち去る姿が描写されている。ちひろの友人の新村君曰く「かっぱかなにか」。
娘に対しては両親ともに過保護で、ちひろの体調を書いた日記を10年以上欠かさず続けていたり、まーちゃんが置手紙とともに家出したときは連日夜遅くまで探していたりしている。
まーちゃん
ちひろの4~5つ上の姉(ちひろが生後半年のとき5歳なことから)。妹と違い、物心ついてから親が宗教にハマっていったため、それを異常だと思っている。そんな理由で、集会には滅多にいっていなかった。雄三おじさんと協力して親をだましたが、その事実は両親に話していない。
高校に入ってから家を頻繁に空けるようになり、とある日に置手紙を残して蒸発する。ちひろと出会った最後の日にはゴミの匂いがした。
落合さん
父親の同僚で、ちひろの両親に『金星のめぐみ』という水を売りつけた元凶。その後もタオルや食品などを度々売っている。最近の悩みは、息子のひろゆきが全く話さなくなったこと。
落合ひろゆき
落合家の一人息子。話せるが、集会にでたくないために障害だと偽っていた。
ちひろが中学に上がったころにはそのトリックを活かし、親には内緒で女を誑かしていた。路地裏でキスされた被害者は数多く、ちひろも引っかかりかけた(ちひろの顔を間近から見て「ブス!」と言って去っていった)
雄三おじさん
ちひろの母の弟(叔父)。宗教にはまった姉夫婦を戒めるべく、水を入れ替えて飲ませる作戦に出たが失敗。その後も子供たちのことは心配している。
修学旅行に行くお金がないと嘆いたときに代わりに払っている。また、雄三の近くの高校に進学するちひろへと、家から通うように誘っており、両親へと何度も頭を下げに行っている。
渡辺さん
小学四年生のときに転校してきたちひろの親友。ちひろからは「なべちゃん」と呼ばれている。ちひろの宗教には辟易しているが、それでも軽口を言える仲。
容姿がよく、何度も異性と付き合っているが別れている。新村もその一人であり、ちひろと新村が知り合うきっかけを作った。ただし別れた原因が原因なので、ちひろと新村が付き合うことは認めていない。
ストーリーpickup
水の効果に助けられて
生まれて3か月を保育器の中で過ごし、しょっちゅう熱を出すような子供であった。生後半年のときから、ぽつぽつと湿疹ができ、それが広がっていった。それは専門家にすすめられた薬を塗っても、ありとあらゆる民間療法を試しても収まらなかった。
そんな中で落合さんから『金星のめぐみ』を教えてもらう。1日2回、水に浸したタオルで肌を軽くふく。それを繰り返すと、いつの間にか湿疹や傷が消えていった。
奇跡はそれだけにとどまらなかった。飲み水や調理用としても万能で、これを飲んでから両親は風邪をひかなくなった。なんにでも効くというパンフレットと娘への実績を信じ、彼らはその世界に入り込んでいった。
作中で一切説明がなかったが、ちひろの病はおそらく乳児湿疹だろう。これは外からの攻撃や水分の損傷を防ぐ機能が発達しておらず、そこに乾燥が加わったことで湿疹が出てしまう。特にちひろは保育器の中で育てられており、免疫を育む機会がなかったためその被害は大きくなると考えられる。
この病気の対策は、肌を清潔にして、保湿をしっかりすることしかない。余計な刺激を与える塗り薬は控えた方がいいということだ。
要するに過保護に対処したことが問題であり、水道水でも治ったはずである。
叶わない娘と叔父の望み
ちひろが小学二年生のころ、雄三は「お水入れ替え事件」を起こす。
特別な儀式で清められた(と言われている)水の代わりに、公園の水道水を入れたものを林家は2か月の間使っていた。水道水という毒を長期間飲ませたことに両親は怒り狂い、ちひろはラケットで叩く。最終的には泣いたまーちゃんが包丁を持ち出したことで退散していった。
雄三は事件以前から姉夫婦に向かって子供たちの害を主張している。彼らは聞く耳を持たず、強硬策に仕方なくでることにする。しかし、そのためにはどこにあるかも分からないタンクの位置を知り、入れ替える共犯者が必要であった。
それがまーちゃんだった。彼らがおかしいという共通の考えから、家族がいない間を教えて犯行を可能にした。
「うまくいくと思ったんだけどね」、と弱々しく笑った。「逆効果だったかなあ……」
公園の水道の前にしゃがみこんで、容器のテープを少しずつはがしていくまーちゃんの白い手を想像したとき、雄三おじさんに向かって包丁を突きつけているまーちゃんんの青白く震える手も同時に目の前によみがえった。
31ページより
まーちゃんとの最後の日
ちひろが小学五年生になり、まーちゃんが高校生になったころのシーン。日ごろから外泊するようになり、久しぶりに帰ってきたら、体からごみのにおいがするようになっていた。素肌が見えないほどの落書きと傷で、金色の指輪をつけていても中身はまーちゃんだった。
まーちゃんの好きなチョコチップ入りのパンを2人で食べながら、ぽつぽつと話を始める。好きな人はいるか、その人と結婚したいかと。ちひろは「わからない」と答えると、まーちゃんは「小学四年生だもんね」と返した。
このシーンには台詞しかない部分がある。両親が寝静まった中で話す2人、明かりもほとんどなく互いの表情を見ることはできない。そんな中で、ちひろは無我夢中に話を広げた。
まーちゃんがどんな表情をしていたかは読者の想像に任されている。ただ1つだけ、下のシーンの表情は寂しいものだったとしか思えなかった。
「明日学校でしょ。寝よ」
そういってまーちゃんは台所の床から立ち上がった。茶色い長い髪がわたしの鼻先をさらりとかすめた。お風呂に入ったまーちゃんからは、生ごみのにおいはしなかった。
「じゃあ明日また話そうよ。明日も泊まってってよ」
自分の家なのだから泊まるもなにもないのだけど、まーちゃんは「うんわかった」と約束してくれた。
65ページより
まとめ:流星の下で
誰も態度が変わった人がおらず、結局この物語で何が進展したかは分からないままであった。両親に反省の素振りは見られず、引き続きこの宗教の全国行事に参加し続けるようなので、周囲への反応は変化しないだろう。
全体的に結論をださず中途半端な気分で終わった小説である。ただ、「マイナーな宗教の子どもは可哀そう」という偏見は払しょくできるだろうと感じた。