【夏海孝司「なれる! SE」感想】 DQN企業から届けられた、2週間の選択肢

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3月ともなると就職説明が始まり、また新社会人の就職が間近に控えている。だからこそ、この会社がブラックであるか心配になるかもしれない。

夏海公司作「なれる! SE」を紹介する。この作品は詐欺のような手口からブラック(室見六華によると『DQN会社』)に就職した主人公、桜坂工兵の最初の2週間を描いた物語である。

作者が元SEであり、SE業界の現実が事細かに説明されている。一方で物語としても面白く、工兵の変化も分かりやすいもオススメできる。

目次

「なれる! SE」ストーリーPickup

詐欺のような就職手口

偽物の感動談で人をさそう。面接のときに逃げ道を無くしてから、考える暇を与えずにサインさせる。そこに期間限定の4文字を加えるとなお良い。これらは悪質な通信販売でよく用いられる手法である。心身が弱っている人をターゲットに、今でも長々と行われている。

その頃、工兵は就職浪人の危機に立っていた。大学3年生の冬から活動を始めたのにかかわらず、夏になっても内定がでない。実家を引き継ぐか親に聞かれ、二者択一に追いつめられていた。そんなときに見つけたのが、『スルガシステム』の募集であった。

そんな経緯で工兵はDQN会社に入社する。新人はたった1人、確実に逃げ道を潰してくる社長、第一社員が倒れている、と絵に描いたような問題企業である。社長の潰し方が逃げた人の経験を活かしている点からも、危険な会社であることが伺える。

  • 徹夜は大丈夫か
  • 結婚はしていないか
  • 子供はいないか
  • 実家に住んでいないか
  • こまめに親に連絡をとっていないか
  • 虫歯はないか
  • 持病はないか
  • 酒に弱くないか
  • 視力は大丈夫か

ワーカーホリックたちとの出会い

本作の主要人物は5人しかいない。主人公の桜坂工兵とヒロインの室見六華以外の3人をこの項目で紹介する。

六本松

子泣き爺のような体格であるスルガシステムの社長。主義からスルガシステムの営業全てを担当している。現場の無理をほとんど知らないので、いつも無茶な量の営業を持ってくる。稼働率を重視していることはともかく、残業が多いが休日出勤は無給、と知ったうえで仕事を取ってくる鬼畜。

しかし、仕事はきちんとしている点は擁護できる。また従業員が急に忙しくなる原因は顧客との不仲であった。

藤崎

会社内で倒れていた第一社員。工兵の先輩で徹夜の常連。工兵に対しても気軽に接してくれるが、いつも何かしらの仕事に追われている。この原因は、社長の『藤崎君はうちの会社でもとびきり優秀なエンジニアだからな』という発言から、許容量以上の仕事が送られてくるからと考えられる。

カモメ

工兵の部署で事務やアシスタントを担当しているバイト。人見知りが激しい六華に女の子らしくしようとしている。

工兵をだました成功体験を作った犯人。工兵と年が近く、工兵君と呼んでいる。

六華と工兵の両方を心配しており、両者のために直属の上司を六華に決定した。2人の得意苦手分野がはまったので、結果論だが良采配と言える。

「あたし、SEの知り合いが何人かいてね、――あ、この会社じゃないんだけど。飲み会とかあるとさ、それはもういっぱい愚痴を聞かされるわけよ、今の工兵君と同じ、残業がひどいとか休みがとれないとか。あと納期が無茶苦茶だとか、営業ができもしない案件とってくるとか」


p.203より引用。工兵をだました成功体験の元ネタについて

『室見立華』という先輩

室見六華との出会いは散々であった。六華は乱雑に機器がおかれたラボルームで寝ていた。カモメから起こしてくるように言われた工兵は、足がしびれて六華の腹を踏み抜いた。その結果、レンチやハンマー、はんだこてによってぼろぼろにされている。

1巻の表紙になっている、中学生のような小柄な女の子。年齢不詳。服装は色違いのキャミソールを気軽に動けるからという理由で選んでいる。大好物はツナで、最高基準の検証機材をツナと命名していた。

直属の部下を持つのは工兵が初めてで、最初は無茶な仕事を押し付けてしまった。しかし工兵がSEに興味を持ってくれたおかげで何とか関係を保つ。

六華は実力や戦歴はあるが営業は苦手。工兵は実家の経験から営業やクレーム対応に慣れていた。互いの得意分野を活かせることから、試験期間が終わってもチームを組むことになった。

多彩な情報系言語

専攻は「マーケティング戦略」であり、パソコンも触った程度。要するに、工兵は入社当時SEの知識はまったく無かった。そんな彼が勤務2日目に渡された仕事が下の引用だ。EoSL、トラフィック、輻輳、サイジング、Ciscoと聞きなれない単語が並んでおり、この会社の理不尽さが映し出されている

『貴社既存ルータのEoSLにともなう故障リスク、及びトラフィックの輻輳状況を鑑み、パフォーマンス・コスト両面で最適な代替機器をサイジングし導入する。なお代替機器については弊社実績・及び御社スタンダードのご用件からCisco社機器を選択する(現行機器はA社製)』
室見は「日本語くらい読めるでしょ」といったが、これを日本語と呼ぶのはどうかと思う。


p.122より引用。『』内は見積書の内容

ここまで専門用語を一か所に並べた文章はないが、この他にも多くの専門用語がでてくる。エンバグ、NAT、CEF機能、FE0インタフェース、syslogサーバ、SNMPコミュニティ、vty、cdp、TeraTerm、フリアク、PPPoE、IPsec、ping……。これらは作品中で説明されていないが、雰囲気作りや分かる人に分かるネタとして役立っていた。

専門用語の意味について、一部を簡単に説明すると次のようになっている。

  • EoSL……End of Service Lifeの略称。サービスのサポートや提供が終わること。
  • 輻輳ふくそう……通信網が渋滞すること。
  • トラフィック……英語のtraffic。電流中の電荷量のように、ネットワークという回路を移動する情報量のこと。
  • サイジング……sizingのこと。この場合は適した機器の性能や涼を見積もること。
  • Cisco……Cisco Systems, Inc.という実在する会社。Wikipedia曰く「世界最大のコンピュータネットワーク機器開発会社」
  • エンバグ……仕様変更によって新しいバグを加えてしまうこと。ソフトウェア開発にとっての悪夢。
  • TeraTerm……サーバ機器・ネットワーク機器を遠隔操作するソフトウェアの1つ。機器へのシリアル接続(1つのコンピュータのみに繋ぐ)が簡単なのが利点。

まとめ:SEの役割と必要さ

SEとはシステム開発プロセスの内、要件を定義して基本設計を行うエンジニアである。分野によってネットワークエンジニアやデータベースエンジニアなどに分かれている。この作品の室見六華は、ネットワークエンジニアである。

一方で基本設計を元にして、システムを作って確認するエンジニアもいる。こちらに属するのが、プログラマーやテスターだ。

社会という海に近い下流過程は相対的に世間に出てくる。AIの設計やビックデータの活用といった点だ。一方で、SEは表に出てくることがまずない。しかし上流(SE)がなければ、海(社会)に水(構築)が流れることはない。このように、SEは縁の下の力持ちの役割を担っている

SEについてもっと知りたい人、作者の恩師がなぜ『SEにだけはなるな』と言ったのか知りたい方にもオススメする本でした。

 

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