【本多孝好「dele」_感想】 故人が消すことを望んだデータを前にして

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たとえ人が死んだとしても、ネットワーク上のデータは残り続ける。一方で消えてほしくない故人との思い出は、時間の流れと共に薄れ揺らいでしまう。

本多孝好作「dele」は生と死をテーマにした小説の1つである。依頼主が死んだときに指定されたデータを消す。そのような契約を結ぶ零細企業が舞台になっていた。亡くなった妹の思い出を胸に留める裕太郎と黙々と依頼を達成しようとする圭司は、いくつかの事件をきっかけに絆を作っていく。

目次

「dele」概容

主要登場人物

真柴裕太郎(ましば ゆうたろう)

本作の主人公。3か月ほど前に『dele.LIFE』に入社した。あまり外に出ない圭司に代わり、死亡確認を行っている。妹が13歳で亡くなっており、その写真を今でも大事に持っている。妹が死んだ1年後、両親は離婚して裏事業に手を染めるようになっていった。

妹の思いを守り、データを見てまで依頼主の願いを守ろうとしている。最初は圭司の呼び方を”圭司さん”、”社長”、”所長”、と距離を離したものだったが、いくつかの事件を通して”ケイ”と呼ぶようになった。

坂上圭司(さかがみ けいじ)

『dele.LIFE』の所長かつ唯一の所員。裕太郎の7歳ほど年上。”モグラ”と呼ばれるデバイスから、指定のデータを消す役割を担っている。足が不自由で車椅子に乗って生活しているが、それをハンデだとは思っていない。

仁義や法律からデータを見ることを許さず、最初は黙々と削除している。しかし、裕太郎が死人の願いを叶えようとする行為に呼応して、裕太郎のサポートをするようになった。

坂上舞(さかがみ まい)

『dele.LIFE』の上にある坂上法律事務所の所長。圭司の姉であり、グレーな職務をしている圭司と『dele.LIFE』を支えている。他人のデータを見たがる趣味があり、モグラから消すデータの一部を覗いている。

dele_ストーリーPickup

データを消す商売

データを消す商売というが、手法はアプリを用いた遠隔操作である。『dele.LIFE』自体はまっとうな会社であるが、やっていることは明らかな違法だった。

裕太郎は違法だからこそ雇われたと思い、圭司は法律に囚われる気はなかった。それは殺人を犯した者に対しても変わらない。

とある青年が頼んだデータは、詐欺被害者のリストだった。裏事業の付き合いを通して、彼が組織から離れたときに持ち去った用済みのデータだと知る。

携帯電話を回収するために向かった2人を待っていたのは死体だった。奪ってしまった写真を返す、贖罪の果てに彼は殺されていたのだ。そして2人は依頼主を殺した犯人、赤井良樹と対面する。襲ってくる赤井をねじ伏せて、2人はスマホの位置を聞くだけで帰った。

殺人を犯していたとしても、2人は仕事を成し遂げるだけ。警察に伝えることもせず、証拠だったとしてもためらいなく消す。結果的に警察の邪魔となるような行為もいとわなかった

データに残された思い

依頼主が消すように頼んだデータは人それぞれである。好きな相手の秘密を守るために利用することもあれば、初めて犯した罪を隠すために利用した者もいた。

そんな中でも異質なものに、『T・E』というフォルダの中身だけを消す依頼があった。しかし、依頼主の渡島明日香(38)が死の淵にいたとき、そこには何も残っていなかった。

裕太郎は死亡の確認をするために、依頼主の夫『トシマハヤト』と会って確認することになる。彼は娘の奏とホームシッターの佐藤と共に暮らしていた。ピアノがあるのを見て奏に演奏を頼むと、佐藤が録音のスイッチを押して、奏は『人形の夢と目覚め』を演奏する。

そんな彼の要望は、明日香のデータを消さないことだった。妻は既に意識がなく、取り消してもらうことはできなかったのだ。

幼い娘のためにと彼は話すが、彼の本心は別のところにあった。彼は数か月前に浮気をしてしまった。相手の名前は『エンドウ・タエ』。明日香が入院した後に雇った1人目のホームシッターだった。

 

この作品を通して、伏線の回収はするが貼られている位置が分かりにくい傾向があった。明日香が残した『T・E』とは何なのか、なぜ内部のデータだけ消すように頼んだのか。2周目を読んで初めて納得する裏側が書かれていた。

データを消すということ

消したデータは決して戻らない。それを知っていながら消すことをためらわない圭司と、本当に消していいかを確認したい裕太郎が対照となっている。

幾度の経験を通して、裕太郎は圭司へ自分の過去を語ることを決めた。両親は妹の死から離れるために離婚して、新しい家庭で幸せにしていた。両親の思いも含んで、今なお妹を覚えているのは裕太郎だけ。

圭司に頼んだことは、自分が死んだときに妹の写真を受け継ぐことだった。データを消すことを生業としている圭司へ、裕太郎はデータを守ることを頼む

「覚えておくよ」
「ああ、頼む」と裕太郎は言った。
「そうじゃなくて」と圭司は言った。「俺がお前を覚えておくよ」
「え?」
「お前が死んでも、俺はお前を覚えている。お前と今日、こんな風に話したことも、覚えておく。機会があれば、それを誰かに伝えるよ。お前の妹の話もな」


p.299より引用

人類はインターネットという新たな記録方法を得た。紙は千切れて岩が風化しても、書いた人すら消せないデータとしてメモリの限り残り続ける。

データはいつか消えるべきなのか。死者の思い出から脱するべきなのか。この作品は”存在の死”について問いかけていた。

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