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【ハル遠カラジ 感想】機械知能たちによって育てられた少女
「今さら投げ出したら、私は絶対に、あなたを許さない」
p.301
遍柳一、白味噌による「ハル遠カラジ」の感想・紹介記事です。機械生命が育児をすることができるのか、崩壊した世界を舞台として解を問いてくるSFとなっています。機械生命の反逆、高次人工知能の精神病、機械による育児など哲学的な問いが本作の特色です。
天涯孤独で野生に帰化した少女ハルを拾ってしまった一体の精神患者テスタ。寿命が尽きる前にハルを成長させることができるのか、人工知能は人とどう関わるべきなのか。賛否両論の末にテスタは一つの決断を下します。
読みどころ3選
- 人工知能の精神障害と生き方の矛盾
- 人工知能に生物は育てられるか
- 『母親』と『娘』の互いを守る信念
目次
小説情報
あらすじ
たとえそれが、人でなかったとしても。
これでも私は、身のほどはわきまえているつもりである。
武器修理ロボットとして、この世に産まれた命。
本来であればその機能を駆使して人間に貢献することが、機械知性の本懐とも言えるだろう。しかし、どうもおかしい。
人類のほとんどが消え去った地上。主人であるハルとの、二人きりの旅路。
自由奔放な彼女から指示されるのは武器修理のみに留まらず、料理に洗濯と雑務ばかり。
「やるじゃねえか、テスタ。今日からメイドロボに転職だな」
全く、笑えない冗談である。
しかしそれでも、ハルは大切な主人であることに違いはない。
残された時を彼女のために捧げることが、私の本望なのである。
AIMD――論理的自己矛盾から生じる、人工知能の機能障害
私の体を蝕む、病の名である。
それは時間と共に知性を侵食し、いつか再起動すらも叶わぬ完全停止状態に陥るという、人工知能特有の、死に至る病。
命は決して、永遠ではないから。だから、ハル。
ハル遠カラジ|書籍|小学館
せめて、最後のその時まで、あなたとともに――。
主要人物
テスタ
弾薬を生産・貯蔵する戦闘補助ロボット。御年16歳で本名はテスタロッサ1.0型。戦場の前線に駆り出されるため重厚な体つきをしている。本人は雌の太ったトカゲを自称しているが、一番近いのはゴリラで間違いない。
10年以上前から時折意識を無くす病にり患している。原因は自身の弾丸による青少年の殺害だとされ、軍の教育施設に隔離されていた。現在はハルを成人させるために彼女と行動を共にしている。
身体の中に誰かの生首が転がっているという噂がある。
ハル
テスタの主人かつ季節問わず薄シャツ一枚の野生児。現在軸では18歳。人から教育を受けたことがない。テスタらが発見したときは小学生低学年相当の肉体年齢でありながら我流で生き延びていた。直感的な所作と銃撃に長ける。
言葉の悪さはインプット教材を選んだモディンのせい。
イリナ・サハロヴァ
偶然出会った金髪の女性。暮らしていた街を離れている間に住民全てが失踪、独りでロシアの山岳地帯を越えてイスラエルまでたどり着いた。
母親が医者で、憧れから医療知識を身に付けている。カウンセリングの実力はそれほど。しかし彼女の優しさが話の展開を変え、1人のアンドロイドのメンタルを救ったのは間違いない。テスタはハルの相方となることを期待している。
名前の由来はロシア語の平和。
ヴェイロン
テスタが所属した第一訓練場総指導教官。史上初めて国連軍に参加したAI兵器の広告塔で、AI兵器利用のプロパガンダによる犠牲者。
過去にAIMDを治療した経験から、AI兵器の治療に尽力していた。冒頭の引用発言は、ハルを助ける際にテスタに向けた一言。
荒廃した世界で彼女の生首は行方不明らしい。
モディン
第一訓練場にいる男性型アンドロイド。ぼさついた銀髪、迷彩の野戦服+ジャンバー、焦点の合わない瞳、酷い猫背と異様な雰囲気を醸し出している。
本職は情報のハッキング。余計なことまで情報を得て流したことが原因で島流しされた。行動原理は知識欲と自己嫌悪。
骨格が曲がっている理由は自傷行為による損傷。
「ハル遠カラジ」ストーリーPickup
以下、ネタバレ注意です。
機械生命の反逆によって霧散した世界
協定世界時、十一月三日九時。世界は突然の終末を告げました。わずか数時間で陥落した都市は、ロンドン、ジュネーブ(スイス第2の都市)、ワシントン、北京、東京。謎に覆われた人間消失を解き明かすためには、問題児モディンの手も借りるしかありませんでした。
- 街中から突如として人間たちが消えた
- 電磁パルスの嵐からまともに通信が機能しない
- 民間ロボットの暴走
真相を知ったモディンが消され、ヴェイロンが殺され、人工知能たちが洗脳され。世界に残ったのは、ごく少数の人類と暴走したロボットだけでした。ハルはテスタのおかげで辛うじて人間らしい日々が送れている状況です。打算的な面から見ても、ハルはテスタを救わなければならなかったでしょう。
故にまともな人間に出会うことはほとんどありません。1巻の時間軸で登場した人間は、ハル、イリナ、盗賊と異形の化け物だけでした。
人工知能精神障害AIMD
Artificial Intelligence Mental Disorder、通称AIMDは論理的自己矛盾による不治の病です。時間と共に知性を侵食して、やがて崩壊する。人間で例えるとうつ病や認知症を統括した病気です。軽度の段階で発覚すれば事前に被害を抑えられる点も似ています。
AIMDは次第に停止時間が増していく停止型と、規定されていない行動を取る暴走型に分別されます。作中では前者がテスタ、後者がモディンです。
質の悪いことにAIMDは感染します。さながら介護疲れでしょうか。故に機体をできる限り行使して使い潰すことが推奨されていました。主人公テスタも10年前に軍事的利用価値だけ見出され、訓練施設へ送られています。作中の時間軸で生きているのは奇跡的なことで、一刻も早い治療が求められました。
総括するとハルが恩返しで治せる人に連れていきたい、テスタの不治の病となります。
冬キタリナバ、ハル遠カラジ
本作のタイトルの由来の一節です。英国の詩人であるパーシー・ビッシュ・シェリーの一節が元ネタとなっています。原文は”If Winter comes, can Spring be far behind?” 本作ではAIMDの絶望に苛まれたテスタへ、ヴェイロンに救われた難民が送った励ましの一言でした。テスタにとっての希望の象徴であった少女は、後にこの一節からハルと名付けられます。
場面描写からはヴェイロンとテスタの対比が読み取れます。
ヴェイロンはかつて救った希望に対し、再会することを望みませんでした。届くまでの間に亡くなっているかもしれない。国の外に出ることなく、手紙で満足しています。
テスタにとって未来の希望は拾った少女ハルでした。最後の一時まで守り抜く。全てを受け入れて直接触れ合うことを選びました。
今度こそ守ると決めた
難民キャンプで赤ちゃんを背負った少年を守り切れなかった。ハルの育成にヴェイロンが反対する1つの理由でした。どんな絶望的な状態であっても絶対に手を離してはならない。人が跡形もなく消える緊急事態と基地への襲撃、そして空一面を埋め尽くす異常な攻撃能力。
ヴェイロンは自ら殿に立って、2人を山奥へ逃がしました。
「だから、最後まで、しっかり――」
(p.302)
それがテスタが聞いた最後の言葉でした。
テスタとヴェイロンとモディン。3人で育てた少女を守れるものは、もはやテスタだけです。中央管理塔の入り口の前に転がった、ヴェイロンの頭部。諦めきれなかったテスタによって、今でも体内の武器格納部に鎮座しています。
かつて自らの銃弾によって間接的に殺してしまった若者から始まったAIMD。モディンの初期化によって2時間の沈黙を起こすなど、病状の進展は人の死と密接に関係していました。数時間の沈黙も起こり得るようになった現在、ハルを最期まで守り切ると意気込んでいます。ハルがどこまで同行してくれるかを望んでいるかを知らずに。
まとめ:『母親』としての務め
テスタを治療できるであろう人物は、治療しようとしませんでした。異形の化け物と化した主人グインを、生き長らえさせる術を模索した人工知能トブヴェラ。知能零を完成させていく彼のスタンスは奇しくも母親として守ろうとしたテスタに近いものがありました。
「テスタ。いつまで寝てやがる。自分の存在価値なんて、そんな難しいことをいちいち考えてんじゃねえ! あたしにはお前が必要なんだ! それで十分だろうが!」
p.375
トブヴェラとテスタの勝敗を分けたのは、守られていた側の意思でしょう。本作では人工知能が人を育むことによる、罪の連なりを主軸としていました。ハルは人間と共に過ごしておらず、相対的な存在価値を気にしていません。彼女の経歴があったからこそ、存在価値の価値を投げ出すような発言が許されました。
遍柳一、白味噌による「ハル遠カラジ」の感想・紹介記事でした。機械生命のテスタが孤独な少女ハルを養育することはできるのか、崩壊した世界を舞台として哲学的に問いてくるサイエンスフィクションです。
雪は止み、黄色の花弁が雪の地から外へ飛び出す頃。テスタは不治の病をり患したまま生きていました。人工知能に責任と愛情が必要だが可能だ、と本作は結論付けているように感じます。果たしてハルが独り立ちできるまでテスタは生きているのか、荒廃した世界でどう価値を見出すのか。1巻だけでシリーズ全体の評価を決め兼ねないと考えます。
次のような人に「ハル遠カラジ」をオススメします。
- 『人工知能に生物を育てられるか』という1つの回答に興味がある
- 荒廃した世界で暮らす小説が好き
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