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【清楚怪盗の切り札、俺。_感想】復讐を誓って清楚に盗む
鴨河著『清楚怪盗の切り札、俺。』は清楚と怪盗のギャップが印象に残るファンタジー小説です。捨て子の主人公アッシュにとって、因縁の相手は王女と婚姻を結べるほどの格上の存在でした。清楚怪盗を自称する少女ノアにスカウトされ、なし崩しで協力することになります。
本作を通して主人公アッシュの行動理念が復讐から打倒へ変化していく印象を受けました。独りで盗むことを是として、誰かの協力を強く拒んでいます。『清楚に盗む』ことを重視し、恋心のために近づこうとする怪盗ノア。『人助け』に財の大半を捧げ、無償の愛を振りまく王女シンシア。我の強い2人によって、アッシュは誰かの隣にいる意義を見出していきました。
ファンタジア文庫は本作の発売に重ねて、初稿版をカクヨムで無料公開しています。主人公の名前が一緒なだけの別物です。キャラクター像、ストーリー軸、話の盛り上げ方。個人的には、どの点においても書籍版の方が優れていると考えています。
もしタイトルに興味がありどちらかを読むのであれば、書籍版を読むことを強くおすすめします。
読みどころ3選
- 『清楚に盗む』という言葉のギャップの意味
- 自己中心的で我の強いキャラクター像
- 主人公アッシュが隣にいることを認めるまでの心情変化
目次
「清楚怪盗の切り札、俺。」小説情報
あらすじ
魔術を盗む右手を持つ一匹狼の盗賊、アッシュ。伝説の大怪盗が狙うお宝を横取りしようと、彼が乗り込んだ森の先に――ひとりの、幻想的で、美しい、清楚な少女が座っていた。
鴨河著『清楚怪盗の切り札、俺。』巻末より抜粋して引用
「”切り札”が、欲しかったんだ」
怪盗と盗賊が揃ったら行うことは―――盗みだ。ノアは裸にタオルだけまいた姿でアッシュに行った。「王女殿下を、寝取るのさ」
主要人物
アッシュ
調子に乗りやすい一匹狼の盗賊。騎士からは”最凶の小悪党”と呼ばれているが、本人は”盗みの天才”を自称している。
育ての親メビウスには故郷ナナル村を滅ぼされ、特異性から盗みの技術を身に付けさせられた。友人を実験道具として処分されたことで決別し、独りでメビウスへ復讐することを目指している。
関係を消さないために独りに拘るあたり、本質は身近な人には優しい性格である。
ノア
伝説の大盗賊と呼ばれている銀髪藍眼の少女。果てしない美貌とアッシュは称している。
物語開始地点で99件の予告状を送り、全てを成功させてきた。100件目の予告として、切り札アッシュを盗むために待機していた。
『清楚に盗む』自らのスタイルを決して崩すことはない。アッシュの恋心を盗むために行った所業が、挿絵として何点も描かれている。
シンシア=ユースティス
ユースティス申請王国の第二王女。王女なのに貧民街への炊き出しを日課にしており、桃色のエプロンが似合っている。
メビウスに政略結婚を迫られていることから、ノアの101件目の標的として選ばれる。彼らの最終目標は、シンシアの信頼を得てメビウスの不正の数々を告発することである。
『寝取る』ことを迫られたアッシュへ、同じベッドに入って一緒に寝るくらいには我が強い。
メビウス=ファルルザー
国一番の宗教カテナ教の名誉司教。御年66歳にもかかわらず、10代のメビウスに政略結婚を迫っている。
本質は魔術の実験に心血を注ぐ狂人。アッシュの友人も実験によって使い潰された。被検体を忘れている中、唯一アッシュを『異端児』として覚えている。
「清楚怪盗の切り札、俺。」ストーリーPickup
以下、ネタバレ注意です。
100番目の予告状
アッシュは最強の盗賊を自称しています。小悪党な性格から見下されていますが、彼は一流の実力と特異性を有していました。故に情報屋ナーシャから同等以上の怪盗がいると知った際、不機嫌になっています。
自分がより優秀だと証明する。そのためにアッシュは至宝の横取りを企みました。
ユースティス神聖王国に暮らす、すべての民に告げる。貴殿らの国が誇る首都アーヴェラスには、とある宝が眠っている。その宝は、このぼくが手にするにふさわしい、世界最高の至宝に違いない。よって今日、深夜0時を告げる鐘が響く時、その至宝を、頂戴しに参上する。――怪盗ノア
『清楚怪盗の切り札、俺。「1章 世界最高の至宝」』より引用
場所の情報からカテナ教の宝『カテナの宝剣』だと推測します。護衛を倒して目的の場所に潜入したとき、アッシュは怪盗ノアと出会いました。
怪盗ノアが求めていたのは、宝を横取りしようと現れるであろうアッシュでした。事前にナーシャから性格を聞きだし、無人の場所に誘導しています。
実力でねじ伏せる。ノアの当初の計画は失敗しましたが、偶然のサブプランが機能しました。
アッシュであれば拠点を聞き出し、かつての宝を根こそぎ盗むに違いない。拠点に案内してメビウス=ファルルザーの悪行の証拠を見せる。2人の利害が一致しているのだとアッシュへ暗に伝えました。
協力はしないが、利用はさせてもらう。アッシュなりの快諾に、ノアは本望だと笑いました。
誰にも譲れない3人の想い
アッシュは最強の盗賊であることを自身に誓っています。幼いころ村を滅ぼされた。友人のために盗みを働いていたら、契約を無視されて殺された。かつての経験から、誰とも仲を結ばず誰にも盗まれないことを願いました。
「触れた魔導紋を宝石に変える」特別な力を持ちながら、おごることなく手段の1つに留めています。アッシュの強さは情報収集・調合技術を活かした計画段階にあります。
ノアは「盗みは清楚であるべきだ」と誇りを持っています。盗みは世界から何も減らさず、手の中に残り続けるとアッシュに語っていました。彼女のスタイルは、必ず予告状を出して、幻術で惑わして盗む。物的に被害を与えないことを大切にしています。
またノアは外見に気を配っています。欲しいものから好印象を持ってもらうため、肉体を使うことをいといません。
シンシアは相手へ施すことを是としています。毎日のように貧民街へ足を運び、自分の食事よりも良いものを配っています。盗賊に人質になるよう脅迫された際も、王女の身分でありながらためらいなく身体を差し出そうとしました。
ノアはシンシアの姿勢を優しさより贖罪だと称しています。しかし、作中で彼女の罪に触れられることはなく、謎として残されていました。
ノアによる清楚なシンシア盗み
ノアはシンシアを盗む作戦として、誘拐を選びませんでした。清楚じゃないからです。
代わりに屋敷に招かれてアッシュに落としてもらうことを求めました。噴水前で休んでいたシンシアへ、一匹狼のアッシュを差し出します。しかし、慣れていないアッシュがナンパできるとは思えません。ノアは嫉妬を兼ねて、魔術でアッシュを噴水に突き落としました。
孤高を貫いていたアッシュを崩すには無理な手段が求められました。アッシュならばシンシアを庇うに違いない。情報屋ナーシャからあれこれ聞いた情報を最大限活かしていました。
アッシュはプライドのためなら逃げないことを知っています。風呂に入っている間に外堀を埋め、1週間の居候をシンシアに認めさせました。
一日の間に布団に乱入し、風呂に侵入するノアは果たして清楚なのでしょうか。暴力を使わず誘導できればなんでもありなのかもしれません。それくらい積極的な態度を取っていたからこそ、アッシュを変える7日間が幕を開けました。
アッシュの弱点とシンシアの献身
貧民街に潜んでいた人さらいによって、アッシュの弱点とシンシアの異常性が表面化しました。
アッシュは一匹狼を貫き、自分一人で何事も解決してきました。故に人の扱い方を知らず、シンシアに隠れて人さらいへ突撃しています。また人質を無垢だと信じ、脅されていた人質によって毒ナイフで刺されてしまいました。
シンシアは異常なまで自己犠牲的です。アッシュを追いかけ人さらいに脅されたとき、真っ先に人質交換を受け入れようとしています。また解毒の魔法が体液越しでしかできないからといって、わざわざ隣で寝てキスする必要はありません。人を頼る方法として添い寝を行う様は、王女という立場からかけ離れていました。
一夜の経験は、アッシュのスタイルを変えただけではありません。難攻不落の敵を攻略するカギになりました。
恋心に敏感なおじいさん
メビウス=ファルルザーという男は教会の重鎮でありながら、数百人の児童を誘拐した悪人です。『異端児』だったアッシュを除いた全員を魔術の実験台として使い潰しました。アッシュ・ノアも何よりも魔術実験にこだわる奴だと判断しています。
シンシアの婚約者になった理由も、彼女を魔力補給の苗床にするためでした。そこまでして何を目指していたか。メビウスは神の一族しか使えない魔導紋を人工的に造りだすためだと語っています。
彼は典型的なマッドサイエンティストといえます。だからこそ、一目でシンシアの恋心に気付いたのが意外でした。善性に付け込んでだますのではなく、真っ当に惚れさせるつもりだったのでしょうか。寝取られを感じ取ったメビウスは計画を前倒し、実験の成果を主人公たちに見せつけるのでした。
まとめ:清楚に絆されない理由
「清楚なのは、ぼくだけでいい。きみまで清楚だと、”切り札の意味がないだろう?」
『清楚怪盗の切り札、俺。「3章 王女の日常」』より引用
「……だから俺は、お前のモノになったわけじゃないんだが?」
「ふふ。これはね、ぼくの性癖みたいなものなんだ。ちょっとくらい、ぼくに譲ってくれてもいいだろう?」
シンシアに招かれた日の夜に行われた、盗賊2人の会話です。人間関係に疎いアッシュにとってどうやって人と仲良くするか分かりませんでした。考えた方法は強力な媚薬を飲ませる非道な作戦です。ノアは清楚じゃないと言ったうえで、作戦を受け入れました。
媚薬は使われず、アッシュは正攻法でシンシアと交友を結んでいます。無意味なやり取りかと思われた会話でしたが、アッシュは覚えていました。
アッシュは清楚じゃない。傲慢だし、邪悪だし、心が汚れている。けれど、
『清楚怪盗の切り札、俺。「5章 傲慢なる司教」』より引用
「――俺は、あいつの”切り札”だからな。俺まで清楚だと、意味がないだろ?」
にやり、と笑って。
いつだったか、彼女から聞いたような言葉を、アッシュは借りた。
物語が始まった頃のアッシュであれば、メビウスの息の根を盗んでいたことでしょう。2人の出逢いによって救うものが見つかり、盗むものを選び取っています。一方的な『盗む』ではなく、いつか返す『借りる』に描写が変わっている点も心情の違いを感じさせてくれました。
鴨河著『清楚怪盗の切り札、俺。』は清楚と怪盗のギャップが印象に残るファンタジー小説です。
本作を通して主人公アッシュの行動理念が復讐から打倒へ変化していく印象を受けました。我の強いヒロイン2人によって、アッシュは誰かの隣にいる意義を見出していきました。
ファンタジア文庫は本作の発売に重ねて、初稿版をカクヨムで無料公開しています。主人公の名前が一緒なだけの別物です。キャラクター像、ストーリー軸、話の盛り上げ方。個人的には、どの点においても書籍版の方が優れていると考えています。
もしタイトルに興味がありどちらかを読むのであれば、書籍版を読むことを強くおすすめします。
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