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【天才少女Aと告白するノベルゲーム 感想】すれ違いとバッドエンドの先に
三田千恵作『天才少女Aと告白するノベルゲーム』は、1人のために作られた2つのゲームから始まる、ヒューマンドラマです。
好きだった人に嫌われたとき、知らない人よりも嫌いになってしまう。些細な忠告だったのに、大事になってしまった。人のためになると思っていたのに怖がられてしまった。
本作の特色はありふれた現象を、ゲームや友情と上手く融合している点です。絵柄の可愛らしさ、舞台の平凡さに反して考えさせられる物語だと考えています。
読みどころ3選
- たった1つのきっかけで反転する感情
- 2つのゲームへに込められた思い
- 『○○のため』のすれ違い
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三田 千恵/しぐれうい KADOKAWA 2019年12月30日頃
目次
小説情報
あらすじ
大好きなフリーゲーム制作者Aに会うため、桜山学園ゲーム制作部に入った水谷湊。しかしAと思われる部長の菖蒲は不登校になっていた。彼女の幼馴染みで学園きっての変わり者由井と、菖蒲が学校に来るよう企画をたてるも不発に終わってしまう。大人しくゲーム作りに励む湊のもとに、ひとつのノベルゲームが送られてきた。『バッドエンドを探せ』と題されたゲームには菖蒲と部員のトラブルが綴られてゆく。これは告発? それとも――。
https://www.kadokawa.co.jp/product/321910000388/
主要人物
水谷 湊
閉鎖的な田舎から上京してきた高校生。
かつて母親に虐待されており祖父の住む田舎に引越した。中学生のときに中学生が作ったフリーゲーム『鬼ヶ島』に出会い感化される。特にゲーム部の1人「A」とメール越しに連絡を取っており、親友以上の仲となっていた。
水谷の目的はゲーム部と「A」に出会うことである。
由井によって憧れのゲーム部へ誘われる。「A」候補の菖蒲を登校させるために協力する。
由井
絵本で見た天使のような見た目の少女。入学式直前で気絶した水谷を部室へ持ち帰り、ゲーム部へ誘った。菖蒲とは小学校のときからの幼なじみ。
ムードメーカー兼シナリオ担当。しかし普段はおやつ、特に大学芋を食べてさぼっている。
二ノ宮 圭介
水谷に気軽に接してくれるイケメン。ゲーム部の中で黒一点だった。サウンドを担当する。
中学のとき、菖蒲に告白して振られた。
百瀬 莉央
ポニーテールが特徴的の長身な少女。キャラクターデザインや原画を担当している。
夜中にPCが稼働している形跡に気付き、霊のせいでないかと怯えている。
中学のとき、盗作を働いた菖蒲を責めた。
菖蒲
控え目な笑顔をする大人しい黒髪少女。幼なじみであった小野樹里の死をきっかけに、登校しなくなった。
小野の死に責任感を感じている一方、製作者の1人である○○を恐れている。
A
オリジナルゲーム『鬼ヶ島』の開発者。シナリオからサウンド、グラフィックなど幅広く担当できる。
同い年のM(水谷)とメールのやり取りをしていた。
「重大な問題」を片付けるため、終盤までMへの連絡を控えている。だから水谷が同じ学校にいることを知らない。
全てが終わったら、君に会いに行きたい。年上好きの君からしたら困るかもしれないけど、私は君が好きなんだ。大好きな君に伝えたいことがある。
AからMへ送られた最後のメッセージ
その他の人物
- 水谷の祖父:目的を見出した水谷を都会へ送り出した。今でもネット上で交流を取っている。
- 水谷の母親:虐待によって水谷と引き離された。よりを戻そうと再び接触する。
- 梅田:水谷のクラスの担任。ゲームを毛嫌いしている。
「天才少女Aと告白するノベルゲーム」ストーリーPickup
以下、ネタバレ注意です。
アマチュアゲーム『鬼ヶ島』
本作のテーマの1つは『ゲームに求めた想いの違い』です。
数年前に有志の中学生らが『鬼ヶ島』というフリーゲームを作りました。特長は迫真のリアリティ。1つのステージが実質攻略不可だとしても、人気になりました。
マスメディアが注目したのは1つの事件です。小野樹里という製作者の同級生の少女が錯乱して投身自殺しました。遺書には『鬼に追われている』と書かれており、ゲームによる自殺が関心を誘いました。
登場人物はゲームをどう考えているのでしょうか。
- 水谷は世界を広げるきっかけとして
- 「A」は親友を助ける手段として
- ゲーム部は一緒に作る題材として
- 水谷の祖父は孫と接する場所として
- 担任の梅田は現実からの逃避として
『バッドエンドを探せ』
ある日、水谷の靴箱に手紙とCDが入れられていました。『バッドエンドを探せ』は、中学時代のゲーム部を菖蒲視点でとらえたゲームです。
『バッドエンドを探せ』には、他のゲームと一線を画す特徴がありました。たった1つのバッドエンドのために、大量のハッピーエンドが用意されているのです。実際と違う選択をするたび、ハッピーエンドによって打ち切られます。
『ゲームは現実からの逃避に過ぎない』担任の梅田が持論を語った直後のシーンです。現実の過酷さが、『バッドエンドを探せ』の救いの無い結末を求める様と重なりました。
『バッドエンドを探せ』の目的は、新入りの水谷にゲーム部の罪を伝えるためでした。しかし、菖蒲=「A」だとすれば不思議な箇所があるのです。
- どうやって不登校の菖蒲が放課後までにCD-ROMを届けるのか
- どうして水谷の靴箱の位置を知っているのか
- 二ノ宮が菖蒲に告白した場面の脚色が無駄に凝っている
- 百瀬が菖蒲を責めるシーンが入っていない
この頃は謎の現象が続いていました。夜中に誰かが侵入している。滞っていた作業が勝手に進んでいた。パスワード認証に引っかかった跡がある。
読んでいて、すっきりしない展開が続きました。
愛憎反転_カタストロフィ理論
本作の登場人物に共通する心理として愛情から憎悪への反転が挙げられます。たった1つのイベントをきっかけにして感情が揺れ動く。そんな出来事に心当たりのある人もいるでしょう。
かつて村の住民は珍しい子供として、水谷を気に入っていました。しかし『村を出ていく』宣言が彼らを変えます。祖父共々村八分の扱いに処しました。
小野樹里にとって菖蒲はからかいの対象でした。しかし菖蒲は『鬼ヶ島』の作者としてクラスの人気者に上り詰めます。菖蒲の評価を下げようと、小野はいじめをエスカレートさせました。
〇〇にとって「A」は尊敬する幼馴染でした。しかし「A」の考えた『鬼ヶ島』は結果として小野を殺してしまいます。○○はAをゲーム制作から遠ざけるために、離れることを選びました。
最初の頃の水谷は、流されるがままに感情を受け入れていました。ゲーム部との思い出を通し、好き嫌いをはっきり宣言することの大切さ、嫌いな人よりも好きな人と一緒にいたい感情に気付きます。
「A」の告白
ここまでのあらすじ
- 『バッドエンドを探せ』によってゲーム部の罪を共有
- 何者かによってゲーム部の罪がうわさとなり、由井が不登校に
- 菖蒲が「A」であることを否定
- ゲーム部に、礼という名前の少女がいることを思い出す
- 由井を連れ戻すため、水谷(M)と菖蒲は協力する
『天才少女Aと告白するノベルゲーム』の”告白するノベルゲーム”が表す部分は『バッドエンドを探せ』だけではありませんでした。
フリーゲーム『鬼ヶ島』にどんな想いを込めていたのか。「A」は何も知らない「M」へ告白したい。そんなときに「M」から君に会いたいというメッセージを受け取ります。
「M」との約束の地、「A=由井」を待ち受けていたのは水谷と菖蒲でした。
「本当だよ。だって、私は……私はずっと、現実と虚構が曖昧になるほどの、ゲームを作りたかった。くだらない現実を忘れさせてくれて、こっちが本物だって思えるほどの、ゲームを作りたかった」
『[六]悪いのは誰だ?』より「A」の発言を引用
まとめ:バッドエンドの先に
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三田 千恵/しぐれうい KADOKAWA 2019年12月30日頃
- ゲーム部は間接的に小野を殺したことを後悔していた
- 由井はやり過ぎたと反省しつつ、夢が叶えられて喜んだ
- 菖蒲は小野と仲直りしようとした直後、自殺したことを悔いていた
ゲーム部の誰もが小野樹里の死を自分のせいだと考えていました。しかし、当時部外者だった水谷によって、事件の真相を告げられます。
直接的な原因は毒草ハシリドコロ(写真)の誤食でした。菖蒲の手土産だった山菜セットの中に紛れ込んでいたのです。安静にしていれば無事な程度の量でした。しかし、小野は菖蒲たちをからかうべく、高所に登って自殺するふりをしようとします。結果、足を滑らせたという次第です。
小野の死は新聞紙面の隅に書かれる程度の事故でしかありません。とはいえ、彼らが間接的に犯した罪は消えないでしょう。
三田千恵作『天才少女Aと告白するノベルゲーム』の紹介記事でした。A=由井は水谷と対面し、一緒にゲームをするという夢を叶えています。トラブル続きののち、ありふれた光景を実現できた表紙絵のシーンに惹かれました。
エピローグのタイトル『性悪たちのハッピーエンド』の性悪には、2つの意味が込められていると考えています。1つはかつて犯した小野の死を受け入れたこと。1つは好き嫌いをはっきりと宣言できるようになったこと。青年たちが全ての視点を知ったうえで、事件を乗り越えることができたんだと感じさせられました。
名前も顔も知らなかった、あの頃からずっと――
「好きだよ」
瞬間、由井の口元から、食べかけの大学芋がポロリと落ちた。
『[エピローグ]性悪たちのハッピーエンド』より引用
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