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【辻村深月「島はぼくらと」感想】小さい島の深いつながり
辻村深月作「島はぼくらと」の感想記事です。古くからの住民と新たな住民が共存した離島、冴島を舞台としています。島に帰るために部活が出来ず、大学に行けば冴島にいられなくなる。
本作の特長は新旧入り混じった土地に特有の人間関係の複雑さです。4人の高校生の視点から、移り行く感情に注目していきます。
読みどころ3選
- 冴島島民の関係性の変化
- 冴島村長の功績と課題
- 4人が卒業したら何をしたいかという選択
目次
「島はぼくらと」概要
あらすじ
人口3,000弱の島、冴島。少子高齢化の歯止めをかけるべくIターンを推奨した結果、古くからの住民と新規が共存した離島へと生まれ変わった。
高校では部活ができず、大学に行けばおのずとこの島にはいられなくなる。その未来を知ったうえで暮らしていく4人の高校生の視点から、島の人間関係の変化を見ていく物語。
舞台
瀬戸内海にある人口3,000弱の島が舞台になっています。本土からフェリーで20分の距離とされ、150年の周期で噴火が起こる火山島とされています。
しかし、瀬戸内海の周辺に活火山はありません。
香川県の小豆島が一応の候補として考えられます。
かつて火山があったとされ、讃岐石(サヌカイト)と呼ばれる黒い石が今でも残っています。またサヌキトイドと呼ばれる安山岩も黒色で、小豆島南部の三都半島などに分布しています。
登場人物
主要人物
池上 朱里
本作の多くで視点となる人物。冴島生まれの高校1年→高校3年。母親が「さえじま」の社長であり、家族が代々大矢村長と「兄弟」関係など島に密接にかかわっている。周りから冴島の問題や現実を告げられ、看護師の道を選ぶ。
榧野 衣花
親友の朱里と比べると少し冷めた目線で物事を見ている。冴島生まれの高校1年→高校3年。漁業を取り締まっていた「網元」の一人娘で、しきたりによって島に残ることが決まっている。その中で自分が何をできるのかを考えた結果、未来では大矢村長の跡を継いでいる。
矢野 新
高校で演劇部に所属したかったが、船の時間によって手伝いくらいしかできない高校1年→高校3年。演劇の脚本を書く趣味があり、偽の幻の脚本を作る。3年の夏休み、赤羽に実力を認められたことをきっかけに脚本の道、進学を決意する。
3人に知られていなかったが、K大文学部(河合塾の偏差値だと65.0。東工大相当)にA判定を出す影の実力者。
青柳 源樹
リゾートホテルの一人息子で、同級生4人組の中で唯一本州生まれ。しかし2歳のときに冴島へ引っ越した。5歳のときに両親が離婚して以来、島を出た母親とは会っていない。金髪で、周囲の雰囲気も運動部系と、新の周りと違っている。
母親の不倫相手から母子手帳を貰ったことで心境が変化。卒業後は母親と同じデザイン工学の道を進むと決めた。
冴島住民
本木
「人を傷つけた」ことを理由に冴島にIターンしたデザイナー。直接のきっかけは冴島から来た手紙。本職の合間にミカン切りや漁業に参加している。
ミカン農家の萩原から食えない男と評されている。
多葉田 蕗子
オリンピックで銀メダルをとった元水泳選手。その後コーチと不倫したため、1児のシングルマザーとしてIターンしてきた。池上家と仲が良く、よく一緒に夕食をとっている。
銀メダルをとったとき、マスメディアからの報道や地元の過剰な歓迎に傷ついて、地元から逃げ出した。村長の意地を気にしてテレビの紹介を断ろうとする、朱里の母親を説得する。
一時的な来訪者
霧崎ジロウ
ペンネームであり本名は富戸野。幻の脚本を盗用するために冴島を訪れた。偽のクロコダイル皮のバッグを持ち歩く、特別な伝手があると見せびらかす自慢家。その性格から衣花や源樹に嫌われていた。
谷川ヨシノ
冴島村長に頼まれて来た『地域活性デザイナー』の女性。島に住む女性をまとめ『さえじま』の会社を作る、蕗子の両親と娘を合わせるといった成果を上げる。朱里たちが高校3年になるときに契約を切り、福島の警戒地区付近へと旅立った。
小学4年の娘がおり、シングルマザーとなった後も沖縄に預けている蕗子の先達。冴島には仕事として来ていたものの、島民に多くの思い出を残した。
赤羽環
新が憧れる一流の脚本家。ヨシノの知り合いでもあり、自身の作品を無視したうえで人を探す4人に付き合った。新の実力を認めており、新の作品を添削するため冴島に観光に来た。彼女のバッグは本物のクロコダイル皮であり、半端物の霧崎との違いが映されていた。
ストーリーPickup
この先ネタバレ注意です。
テレビからのお誘いと
テレビ番組『プロフェッショナル』の取材を若葉は断りました。若葉に変わって会社『さえじま』と部下のヨシノが誘いを受けることになります。
テレビで特集されると聞いて、当初の冴島住民は喜んでいました。しかし、村長の大矢が怒りの声を挙げます。
村長は冴島自体と『さえじま』を造った業績を紹介して欲しいと考えていました。番組は国土交通省から遣わされたヨシノのサクセスストーリーを描く計画を立てていました。
つまり、村長の業績を無に帰すつもりだったのです。
破談となった話で、2つの人間関係の変化が読者に渡されます。
- 蕗子と朱里母が自分の思いのきっかけを相手に伝えること
- 大矢村長の負の側面を読者に見せたこと
本木という男の真相
本木は食えない性格の人物として知られていました。蕗子の娘である未菜が赤いものを吐いたとき、速やかに対応しました。どうして医者のようなことができたのか、本木へ視線が向けられます。
医者の両親のもとで育ち、医学部を卒業しました。助勤のとき、たった一度の遅刻によって患者の手術に遅れてしまいます。患者の妻と娘から向けられた表情と、『先生』という言葉にトラウマを覚えました。冴島にやってきた理由の1つは逃げでした。
もう1つの理由は、彼は『さえじま』の社長である朱里の母からの招待です。村長は身内に医者の卵がおり、補助金を出してでも医者を迎えませんでした。冴島は救急にヘリコプターを必要とし、濃霧の日に出せません。いざというときの備えとして、本木は見出されました。
このイベントも2つの人間関係の変化を示しています。
- 身内への村長の甘さと腹黒さ
- 真実を話して受け入れられた本木と、嘘を吐き続けた霧島の対比
祖母の友人に会うために
物語終盤、朱里の祖母の親友が亡くなりました。遺物を渡そうとしても、『東京にいたことがある』ということしか村長は知りません。母の後悔を祖母に味わってほしくない。朱里たちは修学旅行を抜け出す計画を立てました。
友人に言伝を頼んで、4人は舞台会場からの脱出を実行しようします。
『ごめんなさい、つまんないですか!?』
ヨシノの友人である赤羽環に引き留められました。かつての場所に向かっても、祖母の友人は東京にいませんでした。源樹が赤羽へ、新が脚本家を目指していると伝えます。
4人にとって東京に行く機会は非常に貴重でした。特に新は憧れの赤羽作の講演を蹴らなければなりません。それでも4人は朱里に付き合ってくれました。
イベントを通して2つの心境が変わっています。
- 4人の絆を再確認するきっかけになった
- 将来に悩んでいた新の背中が押された
赤羽環と出会えたことは、本作で唯一のご都合要素といえるかもしれません。友人が大阪にいると知るきっかけとなり、『幻の脚本』の真相を見つけてくれました。偽の一流である霧島と対比になった人間像で、真の一流として最後まで4人を導きました。
まとめ:島に帰ってくる希望
辻村深月作「島はぼくらと」の感想記事でした。古くからの住民と新たな住民が共存した離島、冴島を舞台としています。島に帰るために部活が出来ず、大学に行けば冴島にいられなくなる。
本作の特長は新旧入り混じった土地に特有の人間関係の複雑さです。4人の高校生の視点から、移り行く感情に注目していきました。
- 朱里は未菜の病とそれを助けた本木をきっかけに、看護婦の道を選んだ
- 衣花は網元と村長の対立を誰よりも見て、村長の跡を継いだ
- 新は赤羽に認められたことをきっかけに脚本を学ぶと決意した
- 源樹は両親に愛されていると知り、島を離れた母親の通った道を進む
すべてのエピソードが4人の道しるべになっていました。
島に残ると決めた日から、衣花は自分はきっと一生ここで、人に「行ってらっしゃい」と言い、「行ってきます」と言われて暮らすのだと思っていた。
だけど、それだけじゃない。
私はきっと、これを言う人になりたかった。
「おかえりなさい」と力を込めて言う。
「島とぼくらと」328ページより引用、衣花視点
コメント
コメント一覧 (2件)
環は彼ではなく、彼女ですよ。
sorinさま
脱字報告ありがとうございます。