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今村夏子「星の子」感想 ふしぎな宗教に魅入られた両親の下で
今村夏子の「星の子」は2017年に発行され、本屋大賞にノミネートされた作品です。奇跡の水『金星のめぐみ』に救われた家族が宗教に傾倒するさまと、離れてく子供たちの心を描いていました。
宗教へ敬意を示し続けた両親と、宗教が嫌いなまま終わった子供。態度が変わっておらず家族仲が進展しないところに現実味がありました。また、外との関係もストーリーを通して変化しないのでしょう。
ライトノベルや青春小説を中心に読んでいる人にとっては中途半端だと感じるかもしれません。しかし「マイナーな宗教の子どもは可哀そう」というイメージを払しょくするきっかけになるのではと思われました。
目次
「星の子」あらすじ
『金星のめぐみ』をきっかけとして宗教にのめり込んでいく両親と、それを不審に思い子どもを遠ざける周囲。親が危険だから子供も避けられてしまう。それでも友達ができ、他の人と変わらず恋をして、関係が消えていく。生まれたときから宗教に浸かっていたちひろの視点から、外と中の違いのなさを映し出していく。
登場人物
林ちひろ
生まれつき体が弱かった。奇跡の水『金星のめぐみ』をきっかけに普通に過ごせるようになる。幼い頃から度々神秘性を伝えられており、学校に『金星のめぐみ』を持っていってしまう。両親の教えを守り全面的に宗教を信じているが、両親ほど狂信しておらず反抗することもある。
両親の奇行のついでとして同級生が近寄ってこなかった。宗教関係以外の友人は渡辺(なべちゃん)が初めて。中学に入ってからも避けられつつ、新村君など少しずつ友達が増えてきた。
エドワードファーロングの映画に出会ってから、たびたび人を好きになってはすぐに飽きる謎の病気「めんくい」にかかっている。
ちひろの両親
宗教に浸かる前は母親は専業主婦、父親は保険会社に勤務していた。娘ちひろの全身に湿疹ができて民間療法や西洋医学で治らなかった。そんなとき『金星のめぐみ』に助けられて感激。その後も落合さんの勧めでたびたび製品を買っている。さらには父は支部長に従って転職、母は友好関係を変えていった。
外でも奇行を繰り返しており有名な不審者扱いされている。ちひろが中学生のころには、
- 緑のジャージ姿で
- タオルを頭に乗せ
- 『金星のめぐみ』を互いに頭にかけあい
- ふらふら立ち去る
様子を公園で行っていることが描写された。新村君曰く「かっぱかなにか」。
両親ともに宗教が絡まなければ娘への愛情が深い。ちひろの体調を書いた日記を10年以上欠かさず続けている。他にもまーちゃんが置手紙とともに家出したさいには、連日夜遅くまで探していた。
まーちゃん
ちひろの4,5歳年上の姉。妹と違い、物心がついてから親が宗教にのめり込んでいく様子を見ており、異常だと認識している。両親とは違い集会は滅多に行かなかった。雄三おじさんと協力して親を騙したことを両親に伝えていない。
高校に入ってから家を頻繁に空けるようになり、とある日に置手紙を残して蒸発する。ちひろと出会った最後の日にはゴミの匂いがしており、大変な生活を送っていることが推測された。
落合さん
ちひろの父親の同僚で『金星のめぐみ』を売りつけた元凶。タオルや食品などをたびたび売っている。最近の悩みは息子のひろゆきが全く話さなくなったこと。
落合ひろゆき
落合家の一人息子。集会に行きたくないため言語障害だと偽っていた。
ちひろが中学に上がったころには偽装を活かして女を誑かしていた。路地裏でキスされた被害者は数知れず、ちひろも引っかかりかけた。
雄三おじさん
ちひろの叔父。宗教にはまった姉夫婦を戒めるべく水を入れ替えて飲ませる作戦に出たが失敗した。子供たちのことをずっと心配している。
修学旅行に行くお金がないと嘆いたときに代わりに払ってくれた。また雄三の近くの高校に進学するちひろへ自分の家から通うように誘っており、両親へと何度も頭を下げに行っている作中屈指の常識人。
渡辺さん
小学四年生のときに転校してきた、ちひろの最初の親友。ちひろからは「なべちゃん」と呼ばれている。軽口を言える仲だが、ちひろの宗教は嫌っている。
容姿がよく何度も異性と付き合っていたが別れている。新村もその一人で、ちひろと新村が知り合うきっかけを作った。別れた原因が原因なので付き合うことは認めない。
「星の子」ストーリーpickup
水の効果に助けられて
ちひろは生まれて3か月を保育器の中で過ごし、しょっちゅう熱を出すような子供でした。生まれて半年経つとぽつぽつと湿疹ができ広がっていきました。専門家に薦められた薬を塗ってもいろんな民間療法を試しても治まりません。
途方に暮れたとき落合さんから『金星のめぐみ』を教えてもらいました。1日2回水に浸したタオルで肌を軽く拭く。繰り返してくとなんと湿疹や傷が消えていったのです。
さらに飲み水や調理用としても優れており風邪をひかなくなりました。パンフレットによると万能の水、娘への実績を信じ両親は宗教の世界に踏み込んでいきます。
ちひろの病気の詳細は作中で一切説明がありませんが、描写とデータから乳児湿疹だと考えられます。これは乳児が外からの攻撃や損傷を防ぐ機能が不足しているとき、肌が乾燥すると湿疹が出てしまう病です。
特にちひろは保育器の中で長く育てられており、免疫を育む機会が少なかったことで重症化したと考えられます
おそらく読者の大半は水の説明を聞いて怪しいと思ったでしょう。それほどテンプレートのカルト宗教を本作は採用していました。
ちひろの病気について推測が正しければ、唯一の治療法は肌を清潔にして保湿を欠かさないことです。医師が処方したような塗り薬は控えた方が良いと記述されています。
対処し過ぎていたことが問題であり、水であれば水道水でも治っていたことでしょう。
治療法を知っていながらここぞとばかりに水を売りつけた落合さんが上手い。一部宗教の弱った心へ付け込む姿勢が見て取られる一場面でした。
叶わない娘と叔父の望み
ちひろが小学二年生のころ、叔父の雄三は「お水入れ替え事件」をまーちゃんの協力を得て起こしました。
特別な儀式で清められたといわれている水を、公園の水と取り換えていました。2か月間騙すことはできましたが、種明かしをすると両親は怒り狂います。水道水という毒を飲ませたとちひろをラケットで叩き続けました。泣いた姉まーちゃんが包丁を持ち出すまで奇行がなされました。
なぜ雄三は強硬策を起こせたのでしょうか。
雄三は事件の前から子供たちの害を主張していました。しかし両親は聞く耳を持ってくれません。きっかけの水をどうにかすればと思いつくも、タンクがどこにあるか分かりませんでした。また入れ替える実行犯も必要です。
両親と宗教がおかしいと考えているのは雄三だけではありませんでした。まーちゃんは叔父の計画に同調し、いない時間帯を教えて行動をできるようにしました。
「うまくいくと思ったんだけどね」、と弱々しく笑った。「逆効果だったかなあ……」
公園の水道の前にしゃがみこんで、容器のテープを少しずつはがしていくまーちゃんの白い手を想像したとき、雄三おじさんに向かって包丁を突きつけているまーちゃんんの青白く震える手も同時に目の前によみがえった。
31ページより引用
このシーンは宗教への思い込みを取り払うことの難しさを表していました。
毎日娘の日記を欠かさないような両親が、教義を優先して冤罪の娘を傷つけたのです。
こんな事件を起こしても宗教へ疑いを持つことなく彼らの奇行は5年以上止まりませんでした。メタ的に言えば姉まーちゃんが、生活の安定を捨ててでも両親を切り捨てたかった気持ちに協調しやすくはなっています。
まーちゃんとの最後の日
ちひろが小学五年生になり、まーちゃんが高校生になったころ。よく外泊するようになり、久しぶりに帰ってきたら体からごみのにおいがするようになっていました。外見も金色の指輪に素肌が見えない程の落書きと傷とすっかり変わってしまって。それでも中身は変わらないまーちゃんでした。
まーちゃんの好きなチョコチップ入りのパンを食べながら、ぽつぽつと話を始める2人。好きな人はいるか、その人と結婚したいか。ちひろは「わからない」と答えるとまーちゃんは「小学四年生だもんね」と返しました。
このシーンの特徴は台詞しかない部分でしょう。明かりもほとんどなく表情を見ることはできない中、ちひろは無我夢中に話を広げていました。
まーちゃんがどんな表情をしていたかは読者の想像に任されています。1つだけ下の表情は寂しいものだったとしか思えませんでした。
「明日学校でしょ。寝よ」
そういってまーちゃんは台所の床から立ち上がった。茶色い長い髪がわたしの鼻先をさらりとかすめた。お風呂に入ったまーちゃんからは、生ごみのにおいはしなかった。
「じゃあ明日また話そうよ。明日も泊まってってよ」
自分の家なのだから泊まるもなにもないのだけど、まーちゃんは「うんわかった」と約束してくれた。
65ページより
この後まーちゃんは帰ってこず描写も一切されません。ちひろにとってまーちゃんとの記憶はここで止まっているのです。
まとめ:流星の下で
本作は奇跡の水『金星のめぐみ』に救われた家族が宗教に傾倒するさまと、離れてく子供たちの心を描かれた作品です。
両親も姉も救えなかった無念と、避けられていても培われていく人間関係。良くも悪くも衝撃的な展開が起きませんでした。ゆえにライトノベルや青春小説を中心に読んでいる人にとっては中途半端だと感じるかもしれません。
しかし「マイナーな宗教の子どもは可哀そう」というイメージを払しょくするきっかけになるのではと思われました。
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