【沢村光彦「コード・ブルー―ドクターヘリ緊急救命―」】”助けられなかった”を乗り越えて

広告

この記事には広告が含まれます。

誰かの願い事を叶えるため、願った人が忘れていたとしても目的へ満身する人がいました。そんなものを叶えたとしても誰からも祝福されず虚しさに囚われるだけではないか、と笑うもいるのでしょうか。だとしても彼は突き進むことを選びました。

脚本:林宏司、ノベライズ:沢村光彦の「コード・ブルー―ドクターヘリ緊急救命―」のうち、藍沢耕作に焦点を当てていきます。他人の優劣を気にせず絶対の自信を持って配属されたが、幾度の失敗によりプライドがズタボロになっていきました。助けられなかった無念から藍沢がどう成長していくかに注目していきます

 

あらすじ

翔陽大学付属北部病院(翔北病院)のフライトドクター候補として配属された4人。新人にも容赦ない手術馬鹿の黒田を始め、個性豊かな指導医や患者が彼らを迎える。

自分を優先して患者を殺しかけた藍沢、不注意から黒田の命を絶つ白石、現地で情を捨てきれなかった緋山、咄嗟の反射で自分が死にかけた藤川。それぞれの挫折を越え、医療現場でどう生きていくか。

主要人物

藍沢耕作(あいざわ こうさく)
長身で整った顔立ちのフェロー。自分の実力を疑わず、積極的に先輩の手術を見て研究している。失敗は1つの結果として捉えていたが……

黒田脩二(くろだ しゅうじ)
現役のフライトドクター。実力はトップクラスで、研磨のためにプライベートを犠牲にしてきた。妻と息子がいるが息子に顔を覚えられていないくらいには会っていない。

白石恵(しらいし めぐみ)
清楚な風情の明邦医大・白石教授の娘。両親が医者であるが比較されることを好いていない。病気情報に詳しい一方で現地に慣れていなかった。

緋山美帆子(ひやま みほこ)
白石と比べると派手な面持ちのフェロー。患者に会ってくれる親戚を探し電話をかけ続けるなど、自分より患者を優先する言動は藤川に近い。できることとできないことを見極められなかったせいで、とある患者に危機を招く。

藤川一男(ふじかわ かずお)
眼鏡をかけたフェロー。優秀な他のフェローに劣等感を抱いており、母親に嘘をついて誤魔化していた。AED患者に触れて感電する致命的なミスを犯して黒田にさじを投げられても、なお病院に残り患者のために働き続けた。

藍沢絹江(あいざわ きぬえ)
藍沢の祖母。怪我をきっかけに認知症を患っており、どこにもいない架空の孫:耕作のことを大事にしていた。

目次

「コード・ブルー」ストーリーPickup

この先ネタバレを多量に含んでいます。0から読みたい方に関してはブラウザバックをお勧めします。

己の利を優先して

フライトドクターのフェローとなった当時の藍沢は、軽症の患者よりも珍しい症例治療の見学の方が大切だと考えています。白石や緋山、藤川が最初の現場で苦戦する一方、現場の暑さを楽しんでいました。この頃の藍沢は、名医とは多くの難病を治せる医者だと定めています。なので、一般の病院の何倍も密度が濃い手術は、彼にとってうってつけでした。

「お前だってそうだろう? あんな経験を積むために、ここに来たんじゃないのか?」
何も答えられない白石に向かって、藍沢は高らかに宣言した。
「俺はやるよ。ワンミッションでも多くヘリに乗って、たくさんの症例をこなす。そして誰よりも早く――俺は、名医になる……!」


31ページより

勝ち続けなければならない賭け

音楽家であれ、スポーツ選手であれ、研究者であれ……練習を繰り返して技術を身につけています。それは医学を志す者も同様です。ただ一つ大きな違いがあるとすれば、練習台に意識が宿っていることでしょう。つまり、医学の仕事とは一度も負けてはならない賭けをし続けることになります。”治験”という合意の下で成り立つ失敗と違い、藍沢たちが目指す外科医は1回の過ちでキャリアを棄てる羽目になりかねません。

「患者の死は……患者や家族だけじゃない、医者の人生を変えるんだ」(79ページより)と黒田は藍沢に警告しています。本編中では黒田が過去にどんな過ちを犯したのかは語られていません。しかし、誰よりも腕を磨いた結果、家族とのつながりを失っています。外科医には経験と才能しかなく周りのことを鑑みない、藍沢が黒田自身と似ていると思った故の忠告だったのでしょう。

「はじめまして」に棄てられた希望

自己中心的で外科医としての成長しか気にしないように描かれていた藍沢でしたが、中盤で弱みを語られます。大腿骨の骨折という大病院では小さな病であり、藍沢が患者も見ることなく通り過ぎました。患者が祖母:絹江で、別の病を悪化させていることを知らずに。

ショックによる健忘症か、認知症の悪化か。絹江は孫のことを覚えていても、目の前の医者が藍沢であることに気が付きません。藍沢が医者を目指すきっかけになった恩人が目の前にいるのに思い出してもらえず、つい感傷的になってしまいます。絹江がどこかで頑張っている筈の藍沢のために、止めようとする藍沢を突き飛ばすくらいの意欲を見せることもありました。

成長した姿を見せてあげられない、決して想いが届かない。どんな病なのかを理解していても、諦めずに必死で寄り添う藍沢の姿が描かれています。

腕を絶つ決断

外科医にとって腕は生命線です。もし腕を切らなければ死ぬならどちらを捨てるべきなのでしょうか。

地獄絵図の現場から一人でも多くを救出すると向かった白石と黒田。爆発現場に消防が来る前に突入する、白石の不注意がきっかけでボイラー室の天井が崩落しました。白石を庇い、黒田の右ひじから先が挟まってしまいます。

「……藍沢……切れ」
白石、緋山、冴島が一斉に黒田を見た。黒田の顔には一片のためらいもなかった。それしか方法はない――そう確信した、プロの医者の顔だ。
黒田がもう一度、言った。
「切るんだ、藍沢」白石が藍沢に顔を向けた。つられたように緋山と冴島も藍沢を見る。藍沢の額から、一筋の汗が流れ落ちた。無言。


211ページより

黒田は迷わず、最も自分に近い藍沢へと自分の腕を切るように指示しました。プロの命を切ることに僅かにためらいますが、それしか手段がないと施術します。術後の機能回復を最優先に考えた、上腕での鋭的切断。短時間で最適な選択を取った藍沢ですが、黒田の執刀人生は絶たれてしまいました。それでもフェロー4人を支える立場として現場に残るようになりました。

この事件は白石と藍沢の大きな転機でした。白石にとっては『プロ』として許されない間違いを犯し、自分がここにいるべきなのかを再考させられます。藍沢にとっては淡々とこなすはずであった処置に、人の感情が勘定に入り込むようになりました。突発的な計画を立案し結果論として成功してはいても、判断に迷った自分の変化に戸惑いを隠せません。

まとめ:名医とは

「先生の腕も、今までの俺なら単なる処置の一つでした。心が痛むことともなかった」
藍沢が黒田から顔をそむけた。声が震えている。
「なのに……今は……直視できません」
天を仰ぎながら、藍沢が絞り出すような声で黒田に訊いた。
「……黒田先生。名医って……何ですか?」


262ページより

最愛の祖母に忘れられ、尊敬していた黒田の腕を自ら切断した。翔北病院に所属する前に持っていた絶対的な自信は、幾度の挫折を通して揺らいでいきました。どのような処置を行えば助かるか、ではなく患者のためにどのような処置を行うべきか。悩んだ末に名医とは何かを黒田に問います。

今回は4人の中でも、最も挫折と成長がはっきりと描かれた藍沢について取り上げました。藍沢は技能ばかりを追いかけて患者を疎かにしていました。病気の見逃し、祖母の認知症、黒田の腕の切断……失敗を通して、医者として何ができるかを考えるようになっていきました。

本作はフライトドクターを目指した4人が挫折し、それぞれの道を模索する物語です。自分でもやるべきことがあるのではないかと飾ることを止めた藤川、現場が苦手な欠点を知っても助けることに力を尽くすと決めた白石、女性の視点から周りを支えることを選び分かったつもりから逃れた緋山。いずれも主役とする場面があり、他の3人ならばできなかった選択肢を選んでいきました。仕事に尽くすとはどういうことか。そのことを今一度考えさせてくれる作品でした。

 

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次