【dele2_感想】あなたは死者をどう覚えていたいか

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亡くなった人の印象は生きた人に委ねられています。死者として蘇らないように封じ込めるのも1つの手であり、尊ぶことも権威のために利用することも許されます。自由な世間で、あなたは大切な故人をどう覚えていたいでしょうか。

本多孝好「dele2」は生と死をテーマとした小説、deleの続編です。依頼人が死んだとき、生きていたころに指定されていたデータを消し去る会社『dele.LIFE』が舞台となっています。本作ではどうしてこのような会社を作ったのか、陰謀論に処理された妹へどう向き合うかが焦点となっていました。

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あらすじ

真柴裕太郎は復讐したい相手がいる。奴らは妹の死を隠蔽し、真柴家を破滅に追いやった。転々と職を移った末、死者に頼まれたデータを消す会社『dele.LIFE』に辿り着く。

死者の願いを見届けるうち、裕太郎は妹をどう覚えていたいかを考える。遺族を通して事件の全貌を知ったとき、彼は矛を降ろせるのか。

主要人物

真柴裕太郎
前作に続き視点人物。現地に向かい圭司が情報を消せるようにする担当。妹の死をきっかけに家庭崩壊しており、それをきっかけに胡散臭い稼業で食いつなぐようになった。

坂上圭司
『dele.LIFE』の創立者かつ社長。後天的に足が不自由で車椅子に乗って生活している。本作でとある者に復讐するために『dele.LIFE』を作ったことが明かされる。裕太郎の妹の死について何やら知っており……

真柴鈴
裕太郎の妹。病気を患い入院しており9年前の治験中に亡くなった。とある医師の失言や彼らの個人的な欲望から死の真相を葬られ、真柴家は治験詐欺だと非難される。

横田英明
第1章「アンチェインド・メロディ」の依頼人。作曲した新曲の削除を依頼した。弟の才能を知ったうえで自分にはこれしかないと考えており、弟に曲を提供し続けた。

横田宗助
英明の弟。『コリジョン・ディティクション』のギターボーカル。兄の曲に歌詞を付けて歌っていた。

波多野アイリ
第2章「ファントム・ガールズ」の依頼人。携帯内部のデータ削除を依頼する。精神的に追い込まれており、ナナミを真似てTwitterのアカウントを作っていた。

ドウモトナナミ
アイリの隣人で我流のプログラミングスキルを持っている。Twitterで架空の少女「ナナミン」を演じていた。

室田和久
第3章「チェイジング・シャドウズ」の依頼人とされており、2週間前に急性大動脈解離で亡くなった。相和医科大学の元教授(循環器内科)で真柴鈴の治験を管轄していた。

日下部勲
治験の新薬・偽薬の判別情報を保管する会社『AMADAメディカルサービス』の社員。室田の友人でエマージェンシーキーをすり替えられる立場にあった。

富樫達彦
厚生労働省のNo.2。事件当時、厚労省の新薬開発機構の旗振りをしていた。

ストーリーPickup

この先、内容や真相のネタバレが含まれています。

兄の威厳のために

依頼人の横田英明は弟の宗助のバンド『コリジョン・ディティクション』に曲を提供しています。しかし宗助の作曲の才能を知っており、劣等感から麻薬に依存するようになりました。一方宗助にとって英明は大切な存在です。だから兄の曲を自分の名義だと疑い、兄が麻薬から離れられるように売人に直談判することもありました。

裕太郎は宗助が英明の曲を盗用し、邪魔になったから薬で殺したと推測していました。メディアもまた裏組織とのつながりを報道してネタにしていました。周囲から悪い風評を持たれると知ったうえで宗助は兄を救おうとしていたのです。

対して、英明も宗助の覚悟と思いに気づいていました。宗助が自分から解放されてほしい、と新曲データの削除を依頼して命を絶ちました。宗助は失われた曲から兄の本望を覚え偽りの自分から解放されることを選びます

第1章『アンチェインド・メロディ』では世間の目に屈しない兄弟が描かれており、第3章で登場する世間に潰された家族:真柴家との対比になっていました。本事件を通して宗助は芸能界を辞め自分の好きなままに歌うようになります。ジャンルが青年へ描いたものからブルースに変わり、寄ってくる群衆はいなくなりました。兄に旅立たれた寂しさと兄に託された思いから作られた歌詞には、大衆に向けたコリジョン時代と違う、本当に歌いたいメッセージが込められていました。

画面の先の私たち

アイリとナナミは退去命令が下されるほどのおんぼろアパートの住民です。補助金が出ても他に移れない極貧の中で、ニートと引きこもりの同盟を組んでいました。彼女たちの趣味はTwitterで理想のアバターを作ることです。中学に通えないナナミは私立のお嬢様中学に通うアイドル「ナナミン」として、ブラック企業や夜の仕事に精神を追い詰められたアイリは「小さな会社で働くごく普通のサラリーマン」としてもう1つの人生を築いていました。

ある日、アイリはデータの削除を『dele.LIFE』に頼み自殺します。アイリが何のデータを消してほしいのかを知るために、裕太郎は唯一の手掛かりであるナナミを追跡するのでした。

第2章の2人は世間に裏切られたのち、世間を欺くことで生きていました。現実では、アイリが夜の仕事の催促や非採用通知のメールを棄て、Twitterのアカウントを残してこの世から去っています。画面の向こうのアイリは告白に成功して恋に悩めるTwitterのアカウントから卒業すると残して消えていきます。その裏にはアイリが幸せになるようにとデートの計画を立て、写真の協力を頼むナナミの姿がありました。

現実の2人の関係は仮想世界の2人と比べて目が死んでおり、人が憧れる生活を送っている訳ではありません。Twitterのアカウントを消しても残っていたありのままの関係は、昨今の集合住宅で失われた貴重な関係であり、アイリが死んでもなお残った繋がりでした。

9年前のわだかまり

真柴家は、建設業で働く父、母、事件当時中学生だった裕太郎、循環器に障害を持っていた鈴の4人家族でした。鈴の体が弱いことくらいしか問題のない一般家庭は、1つの事件をきっかけに崩壊しています。

9年前、治験に参加していた鈴が新薬の副作用で命を落としました。鈴の治験の担当医は経過観察から偽薬ではないと感じていました。担当医の勧めから真柴家は病院側に説明を求める裁判を起こします。このことは犯人たちにとって都合の悪いものでした。だから彼らは偽の証拠を提出して副作用ではないと訴えます。更にマスメディアを利用して「新手の生活保護」「詐欺行為」と家族を非難する、父親の首を切る、担当医を事故死させるといった強硬手段に出てきます。対向する術も逃げる先もなかった一家は裁判を取り下げざるを得ませんでした。

第3章では前作から徐々に置かれていた伏線、真柴家に起こった事件の解決が主題となっています。情報の伝達速度が上がった今日、世間体に潰される家庭が増えています。以前紹介した中では『ゴールデンスランバー』の主人公の両親も冤罪をきっかけに追いつめられていました。スランバーの父親は神経が図太くマスメディアに「冤罪だった場合の責任はとれるのか」と逆質問するほどでしたが、ほとんどの人はそういった反射ができずに潰されていきます。

裕太郎の両親はそれぞれで新たな家系を作っていました。残された裕太郎は1人で鈴の墓標を見るしかありません。潜伏して9年、ついに復讐の機会が回ってきた裕太郎はいつにもまして私情を仕事に持ち込んでいました。

家族のためならば

上のような理由から、裕太郎は鈴と両親のために犯人を恨んでいます。しかし、彼らは新薬開発の促進といった大衆向けの理由などではなく、大切な家族のために罪を犯していました。

きっかけは裕太郎へ治験の危険性を説明しなかった、室田の大きな過ちでした。鈴が治験の事故で死んだとき、室田は軽率な行為を理由に医師免許をはく奪される危機に陥ります。しかし、室田は医者にしたい息子の前で立派な医者としていなければなりませんでした。よってコネクションを活かして日下部に協力を頼み、彼は姉向けの新薬開発が阻害されないように偽装工作をしました。そして、富樫は日下部の姉=妻が責任を負わないように偽装の隠ぺいを行います。富樫が相談した「先生」と呼ばれる弁護士は、息子の脚を治療する新薬を開発してもらうために真柴家を追い詰めました。

家族のため、そんな建前ですべてを隠そうとした室田たちと復讐を果たそうとした裕太郎。無駄だと諭されたとしても、馬鹿にされたとしても、共に僅かな可能性を信じて家族を守る道を選びました。この関係を棄てたくない、ただ見ているだけでは後で後悔する。思いは人それぞれですが、ここまでは家族を救おうと右往左往する医療現場で起こり得るものです。

偽装に協力していたデータを残した家族に見せないようにと願った室田の配慮が騒動をぶり返しました。圭司が『dele.LIFE』を作ったきっかけの1つで、独善的な願望と父親に代わった罪悪感から消したかったデータが目の前に現れます。一方、裕太郎は既に諦念している富樫から全てを聞きました。そして裁くべきなのか分からず、向く方向を見失った感情を「先生」の息子である圭司にぶつけます。

その情報があれば長年抱えていた思いを晴らすことができる。本章は『dele』の集大成に相応しく、残された者のためにデータを消すか残すかをためらう章だったといえます。

まとめ:生者から死者への思い

「俺の望みは一つだけ。鈴のことを考えるときには、混じりっけのない感情で鈴のことを思い出したい。それだけだったんだ。誰かを恨んだり、疑ったり、自分を責めたり、恥じたり、そういう感情抜きで、ただ純粋に鈴のことを思い出したい。それができれば、俺はそれでいいんだ」
「室田は死んだが、日下部も富樫も生きている。あいつらを許していいのか? 父がやったことは? そのせいでお前の家族は壊れた。そうだろ? 俺のやったこともそうだ。舞や母に知られたくなくて、父の汚い部分をすべて削除した。それは許されない行為だ」


301-302ページより引用。舞:圭司の姉で、父親の家業を継いだ弁護士

圭司は復讐を遂げるための武器を裕太郎へ渡します。考える時間をくれと一旦は引き、裕太郎は幼馴染との時間を過ごすことを選びました。クリスマスの夜、彼女とツリーを彼女と飾り付けしているうち、鈴との思い出が消えていることに気づかされます。鈴をどう覚えていたいか、一夜の決断が上の引用文です。

裕太郎は生者から死者をどう思うか、生きているものが決めなければならないということを知りました。復讐したとしても新しい復讐を生むから生産性がない、そのような理由で止めるように懇願する主人公たちは数多くいるでしょう。対して裕太郎の場合、生産性とか罪の重さとかを考えずに妹を覚えていられることを選びました。

一先ずの最終章を通して、復讐することよりも大切なことに裕太郎は気づき、圭司は父の汚点から逃げ続けていた現状に区切りを付けました。しかし、裕太郎が『dele.LIFE』から去っても2人の契りは残り続けています。1章、2章では生死の壁があっても残っていた2人の絆が書かれていました。圭司と裕太郎の関係もまた、会社の同僚といった脆い関係から進化していたといえます。

このシリーズ全体として、死者のデータとどう向き合っていくかが主題となっています。大切な人が亡くなったときにふと思い出してほしい、生と死を超えた繋がりを描いた小説だったと思います。

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