佐野哲也「君は月夜に光り輝く」君からの最後のお願い

「私のかわりに生きて、教えてください。この世界の隅々まで、たくさんのことを見て聞いて体験してください。そして、あなたの中に生き続ける私に、生きる意味を教え続けてください」


283ページより引用。

死の間際にいる人との出会いをきっかけにして、主人公が成長する物語は数多くあります。それだけ「人の死」というのは大きな題材であり、「生にどんな意味があるのか」「死ぬまでに何をしたいか」という問いに悩んでいる人の多さを物語っています。

佐野哲也の「君は月夜に光り輝く」もまた、この問いへの1つの回答を示した作品でした。月夜に照らされて体が光る幻想的な光景と、死に憧れた青年に残した最後の願いが印象に残った小説です。ただ、壊れていると自嘲する主人公と友人に共感できない点から人を選ぶ作品ともいえました。

あらすじ

発光病と呼ばれる不死の病が知られるようになった現代。独りで遊園地を回り、メイド喫茶でバイトをして、恩人と恋人関係を演じる。ふとしたきっかけから、岡田卓也は病院から出られない少女、渡良瀬まみずのやりたいことを代行することになった。

まみずとの関係が進むにつれてまみずの体は光るようになっていく。死に憧れた少年と、生の悔恨を塗りつぶしていく少女。互いの思いを伝えられないまま、別れのときは近づいていく。

読みどころ3選

  1. 愚痴を言いながらもまみずの無茶な願いを叶えようとする卓也
  2. 夜の中に、幻想のように光るまみずの思い
  3. 死を欲した卓也と死を恐れるまみずの対面

主要人物

岡田卓也(おかだ たくや)
本作の視点人物。3年前の鳴子の自殺以降、世界に絶望しており無になれる死に憧れていた。最初は罪悪感から、まみずの叶えたいことを代わりに体験していた。
渡良瀬まみず(わたらせ まみず)
発光病によって中学から常に入院している。死への恐れから、死ぬまでにしたいことをリスト化して卓也にやらせていた。
香山彰(かやま あきら)
ゲーム感覚で彼女を作り、飽きたからといって清算する狂人。兄:正隆の死を通して、人の感情が傷つこうが気にしない、ゲーム感覚で生きることを選んだ。卓也にとって友人以下の恩人。中学一年のころのまみずが初恋。
岡田鳴子(おかだ めいこ)
卓也の姉で享年15歳(高校1年)。事故死した香山正隆の死を追うように轢死自殺した。
平林リコ(ひらばやし りこ)
メイド喫茶でバイトをしている自称永遠の十七歳、実年齢17歳。初めての年下、忙しさから長続きしにくい調理担当ということで卓也を気にしていた。
静澤聰(しずさわ そう)
戦前の私小説家。代表作『一条の光』は発光病に侵されていた実体験を、ほとんどそのまま描いた作品。墓標は山中に孤立して建てられている。

ストーリーPickup

毎度のことながら以下ネタバレ注意です。

発光病とは

最初に本書独自の病気である「発光病」について触れていきます。「発光病」とは、月の光で皮膚が強く光るようになる不治の病です。一般的な人体もわずかながら光を発しています。しかし波長が長く弱いこともあり見ることはできません。ただ、下のような特徴から発光病の原理はヒト本来の発光とは異なる原理なのではないかと考えます。

  • 病気が進行するほどに発光強度は増大する
  • 月光に当たっているときだけ発光を見ることができる
  • 死体を焼却したときの煙も光る

これらのことから、発光病は体内に蛍光体が生成されていくガンのようなものと考えられます。

まみずからのお願い

不治の病にかかって余命短いまみずにとって、死は恐ろしいものでした。現世での未練を晴らすためにやりたいことを記していきます。壊れたスノードームをきっかけに、動けないまみずに代わって未練を卓也に実行してもらうことに。「カメを飼いたい」という小さなことから、リコとの会話を聞いてふと思いついた「バンジージャンプ」まで。斜に構えている割に、卓也は全て実行しました。メイド喫茶のバイトで稼いだお金をまみずとの時間に費やしていきます。関係が深まっていく2人ですが、死へ憧れる卓也へまみずは思いを告げられずにいました。
自分が死ぬから恋人を作ってはならないのではなく、死に近づく自分にこれ以上近づいて欲しくないから突き放す本作のような動機はそう多くありません。私が死んだら卓也も死ぬのではないか、まみずの中には不安が渦巻いていました。

2人きりの天体観測

まみずの願いの1つは「天体観測」でした。しかしまみずは歩けず面会は夜8時まで。どう実行するか悩んだ末に卓也は望遠鏡片手に夜の病院に忍び込みます。2人が病院の屋上までたどり着いたとき、まみずの体はほのかに光っていました。死に近づく光を放つまみずへ卓也は「綺麗だよ」と答えます。

人の命と比べれば相当長くても、恒星にも寿命はあります。光らなくなることで死ぬ恒星と、光るにつれて命が尽きていく発光病を対比した1シーンとなっています。

ロミオ(男)とジュリエット(男)

中学から病室で暮らすまみずにとって演劇は想像上のものでした。卓也から今年の演劇は「ロミオとジュリエット」をやると聞くと、まみずはジュリエットがやりたいと答えたのでしょう。役決めの際に、卓也はジュリエット役に立候補するはめに。彰がロミオ役に立候補したことで、世にも奇妙な男と男の恋愛逃避物語が繰り広げられることになります。
クラスの女子に女装させられても、卓也の姿は笑えるものでした。そんな姿でも彰は卓也とまみずを重ね、どこかぎこちない演技になってしまいます。「おお、ジュリエット、なんで死んでしまったんだ」死んだ兄や死にかけのまみずが生きられず、どうして愚かな自分が生きてしまったのか。ロミオと思いが繋がってしまい、次の言葉が出ずにいました。

「死ぬな、ロミオ」
僕は元気に立ち上がり、目を見開いて叫んだ。
「ジュリエット、まだ、死んでないから!」
次の瞬間、講堂じゅうが笑い出した。
「仮死状態だったんだよ、ロミオ。だから死ななくて大丈夫。ジュリエット、生きてるから!」
「わ、わ、わ……」
香山は泡を食ったような顔で僕を見ていた。


235ページより引用

ロミオはジュリエットが死んだと誤解して自殺し、ジュリエットがロミオ後を追う形は、かつての卓也の姉と彰の兄の関係の結末を思わせるものでした。卓也とまみずの関係もまた、同じような結末に至る可能性がありました。その中でロメオの誤解を解くように変化した演劇は、まみずたちの結末が変化する1つの伏線だったように思われます。

死への憧れ

卓也の姉と彰の兄、1組のカップルの死を契機に彼らは生が無価値だと知りました。彰は自分より優秀な人が何故先に旅立つのかと嘆き、死んだら意味無いからとゲームのように刹那的な快楽を追求するようになりました。卓也は好きだった姉が何故自殺したかを考え、姉の結末である死へ興味を持つようになります。

死を恐れるからこそ生きていた思い出を削る、寿命がほぼ尽きているまみず。生きていると思い出が消えてしまうから生を恐れ、精神が死にかけている卓也。対照的な2人が惹かれ合い対立するのは、出会った時点から確定していました。「君に死を見せて怖くないことを教えてあげる」命を自ら断とうとしている卓也を見て、まみずは知りたかったことを新たに願います。どんな願い事でも代わりに叶えるという誓い、演劇の結末の変化、春日狂想という詩……いくつもの伏線が身を結び、ついに卓也は信念を折りました。

愛するものが死んだ時には、
自殺しなきゃあなりません。

愛するものが死んだ時には、
それより他に、方法がない。


中原中也「春日狂想」の冒頭を引用。愛するものが死んだとしても立ち止らず、乗り越えて歩き出せというメッセージが込められた作品です。

まとめ:一条の光

まみずは最後の願いを伝えた後も、ICレコーダーで卓也へやりたいことを託しています。通夜をサボらず、夜の葬式で発光病患者特有の光る煙を眺めてもらい、彼女だったって認めてもらう……これらには卓也に幸せになってほしいという祈りが込められていました。

主人公たちに共感し難いという欠点は、読んでいるうえで不快に感じるかもしれません。それでもまみずは生きた証を、卓也は生きる意味を見出すまでに成長しました。理不尽な世界を生きていこうと思うきっかけになれば、と作者は記しています。

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