新海誠「君の名は。」 時空を超えた入れ替わり

鏡に映っていた別人を、わたしはまじまじと見つめる。

来たこともない服や見覚えのない背後が確かにあり、無造作に跳ねた髪の毛を触ると、目の前の人も手を動かした。

これは悪趣味な夢だ、夢なら早く覚めてほしい――冷たい水飛沫を掬って顔へぶつける。

夢から抜け出せる手立てはなかった。


この記事では新海誠作「君の名は。」で起こった入れ替わり現象について考察するとともに、前半部の感想を述べていきます。

”入れ替わり”というジャンルは1980年代辺りからある古典的な技法であり、心や体もしくは立場が入れ替わることによって起こる変化および展開を描く物語になります。階段から落ちた、雷や隕石の衝撃、脳転換手術、黒魔法など様々な方法が確立されており、一発ネタとしても時折使用されています。

この先、前半部のネタバレ(小説の第4章まで)が多分に含まれるので注意してください。

東宝MOVIEチャンネル『「君の名は。」予告』(2016年4月6日)


これを見た限りでは入れ替わりの原因は分からなくとも、二人の環境が異なることが分かります。他にも「黄昏時(目の前の人が誰かわからない「誰そ彼」より)」「夢(一時の存在)」などのキーワードから、この入れ替わりが永続的なものでないと考えられます。また夢から覚めるということは、夢の記憶が徐々に薄れていくということに。

このように90秒の予告映像だけである程度の推測は可能です。

この先、答え合わせをしていきます。

瀧と三葉の入れ替わり

パラメータ

まずこの入れ替わり現象のパラメータを箇条書きで表します。このとき、他の入れ替わり作品と異なる重要な点を赤字で記しています。

  1. 当事者:立花瀧(東京で暮らす男子高校生)、宮水三葉(山深い田舎町に暮らす女子高校生)
  2. 原因:ムスビ(宮水神社に伝わる伝統的な風習)
  3. 特色:2人の時間軸がずれている
  4. 精神変化:特になし
  5. 記憶:引き継がない
  6. 被害:大きなものはなし。ただし人間関係を悉く変えた。
  7. 期間:9月5日(予告2より確認できる限り)~10月4日
  8. 最期:糸守町周辺へティアマト彗星が衝突したこと

ムスビとは

ムスビ、漢字で書くと「産霊」とは土地の氏神に対する古い呼び名であり、何かと何かを繋げる力を持った存在です。第2章にて三葉達が作っていた組紐(糸守の名産品)や、水を飲むような行いも当てはまるそうです。

「よりあつまって形を作り、捻れて絡まって、時には戻って、途切れ、またつながり。それが組紐。それが時間。それが、ムスビ」
透明な水の流れを、俺は考えるともなく想像する。石にぶつかって分かれ、他と混じり、また合流し、全体としてはひとつに繋がったもの。婆ちゃんの言葉の意味はさっぱり解らないけれど、なにかとても大切なことを、俺は知ったような気持ちになる。(pp.88)

第3章半ば、三葉(瀧)達が神体まで行く道中の一幕です。詰みかねない二択を回避するために欠かせないシーンなのですが「他人(三葉)の口噛み酒を捧げる」と書くと複雑な気持ちに……

瀧と三葉が入れ替わった要因もムスビが2人を繋いだからと考えられます。推測される限り、繋いだ理由はティアマト彗星によって糸守が消滅することを事前に防ぐことでしょうか。

3年間

瀧と三葉は入れ替わっているとき、空間だけでなく時刻も異なる地点に移動しています。その期間が3年間。これを何故予告の時に発覚しなかったのか、について考察していきます。

1つ目の要因が環境の違いです。ど田舎と東京(東側)では3年程度の差が存在しなくなるほど、日常環境の違いがあります。3年程度で見た目が変わる媒体もスマホ(個人差あり)位ですし、ニュースでも態々年を明記することはあまりありません。

2つ目の要因としてミスリードがあります。一般的に入れ替わった2人は何処かの場面で遭遇することが大半です。そして予告(上動画の1:05)にて瀧視点で走る三葉が映っていることから、いずれ2人が出会うことを示唆しています。このとき瀧は中学生なのですが、今迄の映像から高校生と錯覚してしまいます。

余談ですが、三葉は入れ替わっているときにカレンダーを見ている筈です。これは予告2でも確認可能であり、9月5日が月曜日と分かります。これ、2016年と合致しています。ただ2013年9月5日は木曜日です。なぜ曜日が違うのに誤差に気付かなかったのでしょうか。自由業の方はともかく瀧と三葉は高校生なので、休日に出校しかねないのですが……1年の日数は述べられていないので、もしかしたら日数が違うのかもしれません。

入れ替わりの被害

入れ替わり恒例、性格の変化により人間関係を変える被害です。

被害を簡潔に表しているのが、82ページのやり取りです。三葉は瀧に男子の視線やスカートなどの露出への無警戒さやラブレターへの曖昧な返答などを注意しています。一方で瀧は三葉に、ケーキのドカ食いという金の無駄遣いや身勝手な奥寺先輩との交際をしないようにと警告しています。このことは『「君の名は。」予告2』からもはっきりとわかり、痛いレベルの胸の揺れも放映されています。

バスケの授業で活躍した!? 私そういうキャラじゃないんだってば! しかも男子の前で飛んだり跳ねたりしてるですって!? 胸も腹も足もちゃんと隠せってサヤちんに叱られたわよ! 男子の視線、スカート注意、人生の基本でしょう!?

三葉てめえ、ばか高いケーキとかドカ喰いしてんじゃねえよ! 司たちが引いてるだろう、ていうかそれ俺の金だろうが!

(以下、このようなやり取りが4回程続きますが省略)

私は、(俺は、)いないんじゃなくて作らないの!

上記文章が82~84ページに続く2人のやり取りです。日記を通して繋がっているのですが、会ったことがない割に砕けた会話になっています。彼らにとって他人事でない分、真剣に対処しようとしている旨が、感嘆符の多さからうかがえます。

ティアマト彗星

10月4日に落下してクレーターを作った彗星の分離元になります。被害者は500人以上とのことで、糸守町の1/3に相当する人物が一夜で消えました。

直径1 kmのクレーター、マグニチュード4.8と聞くとこの程度で済むことが奇跡のように思えます。なお1908年のツングースカ爆発の余波がマグニチュード5.0ですが、なぎ倒された樹木の規模は東京都相当(約2150平方キロメートル)とWikipediaでは報告されています(大木がなぎ倒される=風速換算すると藤田スケールF2【秒速50~69 m】に相当)

物語的な観点では、瀧と三葉を入れ替わらせた根源にして話の転換をする存在になります。存在があまりにも大きく一般的な高校生が対処することもできないので、解決するには糸守町の南側に退避するしかないでしょう。如何にして非科学的現象から避難させるかが後半の課題になります。

隕石落下の地で

「君の名は。」の糸守町は、参考写真の乾燥帯のものと違い水没していますが……

入れ替わることがなくなり数週間、景色のデッサンと僅かな記憶と情報(「郷愁」展の飛騨の景色に思い当る景色があったことから)から瀧は東京から岐阜へ移動します。

東京から糸守町(高山周辺)へ

瀧と付いてきた司と奥寺先輩、計3人は名古屋を経由して特急ひだで高山に向かっています。どれくらいで到着できるのか、調べてみました。

適当な日時(2018年2月20日の朝6時)に出発した場合、新幹線を使えば4時間16分で到着するようです。自由席でも13930円もかかるとか。この経路が最も早く到着するのですが、高校生に片道14000円はわりかしきつい金額です。

もしお金を使いたくなければ高速バスがおすすめでした。この場合、新宿から高山まで片道6690円、6時間と半額程度の金額で到着することができます。

消える三葉の痕跡

糸守町の滅亡を事実として再確認したことで、死人が記録を残しているという不都合が生じました。その結果、三葉の書いた文章が文字化けして痕跡が一つ一つ消えていきました。

この作品随一の怪奇現象で、入れ替わりやティアマト彗星以上に補足されていない謎です。このときはまだ三葉が死亡した事実を確認していないのですが、三葉の死を予感してムスビが途切れたという説が有力でしょうか。他の説として、このとき他人に三葉の日記を見せようとしており死者がいた事実を抹消する動きがあったのではないかという考え方が一つ。また、あくまで夢でありいずれ消える運命であったが、偶然あのタイミングで消滅したという考え方もあります。

再び結ばれる

第4章後半、第3章で四葉(三葉の妹)達と行った御神体に1人足を運びます。あのイベントがなければ詰むポイントの回収です。

三葉と再び結ばれるために隠り世(幽世)へと足を運び、己が捧げた瓶を手に取ります。このときの苔が生えた瓶は、時が経っていることを瀧に知らせる役割を担っています。三葉と再び出会えることを願い、一気に口噛み酒を飲み干しました。

この章とは直接関係はないのですが「隠り世に入った人は一番大切なものを引き換えにして此岸に戻る」ということを三葉の祖母は離しています。そのときは口噛み酒(己の半身)を犠牲にしていましたが、瀧は捧げる物を持っていません。はたして彼は何を失ったのか、後半部で明らかになるかと思われます。

まとめ

今回は「君の名は。」における入れ替わり現象と、瀧が宮水神社の御神体に向かう所までを取り上げました。

予告時点でマイナーな分野ということもあり、予告の出来が素晴らしいことを加味しても興行収入10億くらいの作品と考えていました。まさかあそこまでヒットするとは……作品の底力以上にメディアの恐ろしさを実感しました。

もしまたの機会があれば、風景描写を中心とした後半部分の感想・考察の記事を投稿していきます。

引用文献

新海誠、「小説 君の名は。」、角川文庫(2016)

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