【伊坂幸太郎「ゴールデンスランバー」_感想】冤罪の闇から逃げ切れるか

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首相が爆殺された。

異性の友人と共通の趣味ラジコン、花火工場でバイトしていた警官、痴漢の冤罪。積み重ねられた計画によって青柳雅治は犯人に祭り上げられた。

とにかく逃げて、生きろ」爆死した親友、森田森吾の言葉を胸に、彼は逃走を誓う。


伊坂幸太郎作「ゴールデンスランバー」の紹介記事となっています。暗殺犯に偽装された主人公が、社会的に追い詰められつつ逃走するストーリーです。手を差し伸べてくれる人たちと言い掛かりを信じるマスメディアの対比が印象に残りました。

伊坂幸太郎のあとがきによると、『物語の風呂敷は広げるがいかに畳まず楽しんでもらえるのか』(pp.684)を重要視したと書かれています。根本の伏線はわざと回収しないけど、細かいものはくまなく回収されています。余計な解れがなく1つの筋が感じられました。

後輩から送られた思い出の本ということを除いても、白熱した物語と行く末までの伏線繋ぎからオススメできる作品です

青柳視点のの第4部は何も知らない状態で見て欲しいと考えています。故に、本記事では傍観者視点で語られた第3部までを中心に取り上げていきます。

いざというとき、貴方は情報より大切な人を信じられますか

 

作品の元ネタは1963年11月22日、ジョン・F・ケネディがパレード中に銃撃された事件です。この時に実行犯にされたリー・ハーヴェイ・オズワルドの名がこの作品に度々出てきており、作中でも有名事件に数えられています。2日後の24日にオズワルドは射殺されたため、事件が迷宮化したとされます。
目次

「ゴールデンスランバー」ストーリーPickup

以下ネタバレ注意です。

表と裏を知ってどう思うか

事件の一部始終を見守る立場として、日頃テレビを見がちな入院患者視点は向いていました。テレビが独善的な正義を唱える中、彼はどうとらえたのでしょうか。

第2部では、35歳男性、田中徹が視点となっています。下水道に詳しい老人保土ヶ谷康志、世界情勢や組織に詳しい中学生(本名不明)らと同じ病院に入院していました。

しかし、田中徹は一般人です。故にマスメディアの報道を素直に受け入れました。

本章では、事件の中心になる「セキュリティポット」や「キルオ」という連続殺人鬼、2年前に「青柳雅春」が関わった出来事といった今後の展開を示唆するものが記されています。

「キルオ」について

仙台駅付近で、決まって金曜日の夜に、刃物で刺され殺害される事件が続いたのだ。被害者は老若男女問わず、死後、頬を切り刻まれた中年男性もいれば、首を半分程度まで鋸で切られた女性もいた。(pp.32)

駅近くの連続殺人事件といえば「下関通り魔事件(1999)」や「土浦連続殺傷事件(2008)」辺りが出てきます。これらの犯人は死刑執行が為されていますが、「キルオ」は彼らよりも注目を集めました。

一年強で20人を無差別に殺し、跡を残さないことを成し遂げたのです。惨殺な犯行と奇妙な人柄から注目を浴び、自称犯人の偽物が登場したほどでした。

潜伏先は仙台と推測されており、舞台と一致しています。セキュリティポッドや特殊部隊が派遣されていた理由であり、主人公青柳はまたしても巻き込まれます

2年前の事件

青柳雅春は某アイドル宅に侵入した人物を捕まえました。顔立ちの良さからウケがよく、顔出ししてたびたび報道されました。

仕事先(宅配業)の営業妨害もされており、落ち着きのなさも緊張と怒りからでした。

真実より面白さを求めたマスメディア

マスメディアにとって、ときに注目度は真実よりも重いものです人を集めるため改ざんにも手を染めていました

逃走2日目の昼までに、一般人が2人死亡5人負傷してしまいました。原因は誤射や警察車両との衝突で、主人公青柳の視点に全く出てきません

しかし、そんな真実は面白くありません。『首相を殺したのだから、一般人に見境がなくたっておかしくない』

全てを青柳へなし付けた悪意のある報道に切り替えます。

そのために2年前の事件も利用します。勝手に撮った素材のおかげで、表情を偽ることも簡単にできました。

「当時、わたしも取材させていただいたのですが、ぱっと見は好青年で非常に爽やかなんですけどね、時折、落ち着かない仕草を見せていたんですよ」

(中略)

最後にコメントした際の姿が、ゆっくりと再生された。彼の口元が小さく緩むのが分かった。唇の両端が吊りあがり、目元がこわばり、リポーターたちを見下すような表情に見えた。(pp.46)

最も酷い行動は青柳宅への突撃でした。玄関に道が埋まるほど人が詰めかけ、両親へ無断取材を行います。「昔はまじめだった」「こんなことをするとは思わなかった」そんな言葉を求めて押し寄せたマスメディアは、全然違う言葉を青柳父に投げかけられました。

「名乗らない、正義の味方のおまえたち、本当に雅春が犯人だと信じているのなら、賭けてみろ。金じゃねえぞ、何か自分の人生にとって大事なものを賭けろ。おまえたちは今、それだけのことをやっているんだ。俺たちの人生を、勢いだけで潰す気だ。いいか、これがおまえたちの仕事だということは認める。仕事というのはそういうものだ。ただな、自分の仕事が他人の人生を台無しにするかもしれねえんだったら、覚悟はいるんだよ。バスの運転手も、ビルの設計師も、料理人もな、みんな最善の注意を払ってやってんだよ。なぜなら、他人の人生を背負ってるからだ。覚悟を持てよ」(pp.584)

偽の報道を流しても、謝らないことがある。嘘が判明しても、スポンサーのために、明かさないこともある。何かを賭けると宣言するほど覚悟のある者は現れませんでした

むしろ言動を不謹慎、非常識だと断じています。上のために嘘を映し、関係者を一方的に非難する。人間の屑のような行動を見ていると、不快を越えて可哀想に映るかもしれません。

20年経って_陰謀論と登場人物の最期

第三部は、20年前の事件の調査書を書くことになった記者のモノローグです。事件関係者はほとんど死んでいて、色々な陰謀論が渦巻いています。公的な書類も残されず、謎なままで終わった事件。

記者の視点から関係者の最期を追っていくことになります

暗殺犯や組織の真相は分からない。いくつかの説を出すのが精いっぱい。渦中の青柳雅春が一般人なうえ、客観的な手がかりがなさ過ぎました記事にまでしきった記者の努力は確かで、先のメディアとの差を感じられます

ラジコンショップの店主、落合勇蔵

落合は、青柳がラジコン武器を買ったとされる店の店長です。事件の半年後、酔った状態で高速道路の中央分離帯に衝突し亡くなりました。落合の妻の取材で「ほとんど酒を飲まない」と言われており、陰謀の疑いが見られます。

実は事件当時、青柳がラジコンを飛ばしたとされる地点に落合はいました。また、マスメディアに偽の情報を掴ませた人でもあります。

井ノ原小梅、倉田愛

井ノ原は青柳にラジコンを教えた女性です。落合からのラジコンを青柳へ渡しており、実行犯と繋がりがあったとされます。青柳が仲の良かった彼女へ連絡しなかったのは、親友森田慎吾の言葉が理由でした。

倉田愛は青柳を痴漢の冤罪に仕立て上げた女性です。彼女の被害に遭った青柳は、森田に救われました。その後も捕まっておらず、後味の悪さが残ります。

両名は牡鹿半島の山道にて崖から落下し、亡くなりました。2人に親交はなく、なぜ相乗りしていたのかは不明です。

井ノ原、倉田、そして爆死した森田。3人の共通点は多額の借金を背負っていたことだけでした

凛香

凛香は2年前、青柳に救われたアイドルです。

彼女は雲隠れし、行方が知れていません。美容整形外科医と会っていることだけは分かっています。整形を行ったかははっきりしていません。

美容整形外科医

死因に奇妙な点はありません。しかし、『自分もこの事件に関係していたのだ』(pp.95)と不思議な言葉を遺しています。

記者の視点からは凛香に関することしか掴めませんでした。彼は4部に出て、物語の転機となる情報を青柳へ伝えています

青柳雅春、最期の一週間

伊坂幸太郎作「ゴールデンスランバー」は特殊な4部構成をしています。文庫本基準だと、第3部までが約90ページで第4部だけで約560ページあるのです。本記事では第3部までを中心に取り上げました。

本番となる青柳視点の第4部によって、1週間の逃走劇が解き明かされます。小説の面白さのため、本記事では取り上げません。

親友を組織に殺され、マスメディアに全ての罪をなすりつけられました。それでも離れ離れになった関係が残っていて、青柳の拠り所となります。

『人間の最大の武器は、信頼なんだ』

闇の中もがいた青柳のものだからこそ、より心に来る言葉でした。

まとめ:信じるモノの大切さ

 

伊坂幸太郎作「ゴールデンスランバー」の紹介記事でした。暗殺犯に偽装された主人公が、社会的に追い詰められつつ逃走するストーリーです。手を差し伸べてくれる人たちと言い掛かりを信じるマスメディアの対比が印象に残りました。

近年ではSNSの普及によって、誰でも情報を発信できるようになりました。現代だからこそ、『人に情報を伝える覚悟』を持たなければならないと考えます。

いざというとき、貴方は情報より大切な人を信じられますか

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