百田尚樹「海賊と呼ばれた男(上)」 国岡鐵造の3つの主義

1945年8月、日本は連合軍への無条件降伏が決定した。

金も失い、仕事もなく、国内の社員すら養うのが厳しい。

志も国も更地となった状態から、国見商会は再起へ舵をきった。


百田尚樹作「海賊と呼ばれた男 上巻」の紹介と、主人公の信念について綴っていきます。この作品は出光佐三をモデルにしており、彼の信念と行動をもとに綴った歴史小説です。

出光佐三(いでみつさぞう)1885-1981
福岡県出身の実業家。1911年に出光商会(現 出光興産株式会社)を設立し、初代社長となる。
1937年貴族院議員(多額納税)になり、1947年に公職追放令で資格消滅するまで務めている。

2013年本屋大賞第1位(第2位は横山秀夫「64」)、2016年に映画化したベストセラーということもあり、感想記事が多く出回っています。
(補足:Googleにて「海賊と呼ばれた男 感想」を検索した所、363000件ヒットしました)

あらすじ

1945年8月15日、天皇は国民に向け敗戦の報を流した。それは戦争の終わりを告げるとともに、苦難の始まりであった。

17日、国岡鐡造は本社に残っている社員60名に向け一斉に告げる。

「昨日まで日本人は戦う国民であったが、今日からは平和を愛する国民になる。しかし、これが日本の真の姿である。これこそ大国民の襟度である、日本は必ずや再び立ち上がる。世界は再び驚倒するするであろう」

「しかし――その道は、死に勝る苦しみと覚悟せよ」

(括弧内のみpp.16から引用)

馘首を禁じる

戦争の敗北によって、国岡商店は満州やフィリピンなどの海外拠点を失っています。これに補償金が下りる訳もなく、資金源が消失したことになります。

また昭和16年に施行された「(対日経済制裁の一環である)石油全面禁輸」は未だに解けておらず、新たな仕事もありません。

果たして人事はこの状況にどう対応するでしょうか?

一般的な回答は”人員削減”です。具体例として2009年度にソニーが約16000人、日立が約8000人を削減したことや、2012年にシャープ(+グループ企業)で2000人の希望退職者を募った(最終的に2960人が退職した)ことなどが挙げられます。

実際に人員削減で景気が回復するかはともかく、人件費は非常に大きい費用です。そのため、効率を求めれば積極的に削りたい分野なのでしょう。それがたとえ253億円の特別損失(2012年のシャープ参照)を出そうとも、です。

シャープの例をもとにした、人件費がどれだけ削減されるかの簡単な計算
平均年収を300万と(適当に)仮定し、3000人解雇した場合……
\[
3,000,000\times 3,000=9,000,000,000
\]
年間90億円の費用が抑えられます。
人数を減らしたことによる弊害による収入減少や機会損失、年収のずれによる変化等、これは一概に掛け算で表されるものではありません。しかし5年、10年と長期的に見た場合は、余分な人員の削減が損失の減少につながります。

それでは、危機的状況で国見商店は人員削減を行ったのでしょうか。答えは””です。40年以上続いた美徳を踏襲している場合ではない、という常務柏井の意見を鐡造は切り捨てます。

なおも「仕事がないから」「社歴が短いものだけ」と妥協案を出す常務たちに、鐵造は遂に怒りを露わにします。

「店員は家族と同然である。社歴の浅い深いは関係ない。君たちは家が苦しくなったら、幼い家族を切り捨てるのか」(pp.22)

馘首を禁じるのは美徳や意地ではなく、家族を護る誇りからでした。これは自惚れではなく、「徴兵に行った社員に給金を支払い続ける」「末端の一社員の名前を暗記する」などが本文中に描かれています。

その一方、社員に給料を払う為に財産をすべて処分する決心をたてる、社員と共に乞食をするという発言など、少々強すぎる気もします。

社長が家族を愛するなら部下も部下で、常務の甲賀は『店員の年齢、入社年、郷里の住所、赴任先』を頭の中から書き上げています。0から3日で1006人の店員名簿を完成させてしまいました。

一番の財産:社員がほとんど残っていることに鐵蔵は笑い、甲賀は同調しました。

では、残った財産を彼らはどう使うか。それが次の主義主張につながります。

社長の仕事とは

石油関連の仕事がないなら探せばいい。

仕事の種類は問わず、紀州の定置網漁業でも難題のラジオ修理でもやってやる。

効率や金銭を求めて社員を減らす方法ではなく、失った仕事を取り戻す為に鐡造は命令します。

傍から見れば、鐡造はずっと椅子に座って指示を送っているだけ。ラジオ部の部長が1週間で1円の融資を得られていない理由に、「信念が足りていないから」と突っぱねる。タンク底の石油回収に動く社員をただ見ている。

これだけ聞けば傲慢な側面しか出てきません。しかし1945年の時点で既に61歳(数え年)であり、体力が劣っている自覚から手を出していないように思います。自分が手伝えないことに不甲斐なさを感じ、店員に過酷な作業を押し付けていることも理解しています。

「店員たちはぼくの息子だ。息子に裏切られるような親なら、親たる資格はない」
「はい」
「息子と思わばこそ、過酷な仕事をやらせることもできる」
そう言いきった鐵造の顔はこれまで柏井が見たこともない怖ろしいものだった。柏井はこのときはじめて、店主が店員たちの辛い労働に身を苛まれるような痛みを耐えていることに思いいたった。自分がストライキの心配をするずっと前から、店主は覚悟を決めていたのだ――。(pp.97)

実は上記の仕事の内、タンク底の業務は石統(石油配給統制会社)が断ったのを請け負ったものです。赤字業務であり、非常に過酷な環境下の不良業務を何故選んだのでしょうか。それは次の信念から来ていました。

日本国民のため

日本国民の将来の為に尽くす男、それが国岡鐡造の印象です。ただし大日本帝国ありきの軍国主義者ではなく、軍に真っ向から対立したこともあります。

ラジオ修理を請け負ったのは日本国民の娯楽のため、タンク底の石油回収は石油全面禁輸の封を解かせるため。植民地のように扱う米国相手でも、我を貫き通します。

鐡造の主張が特に現れたのは、言いがかりによる公職追放時でした。GHQに乗り込むに止まらず、堂々とした風貌で対面します。若手の飯田の”please”という態度に

「これはお願いすべきことではない。君はぼくの言葉を正しく伝えろ。彼らに喋っているときは、全国岡商店店員を代表して喋っているのだ」(pp.92)

と一喝します。

GHQによる統治下、格上だと認識して泣き落としにかかる者が多い中、国岡鐡造は対等の立場で訴えます。堂々とした態度と軍に関わっていなかった証拠からGHQに認められ、最終的に無罪となっています。

「無実が晴れただけだ」
「でも、いいことじゃないですか。喜ぶのは当然でしょう」
「そんなことで大喜びするのは、自分たちが奴隷であると証明しているようなもんだ。本来GHQなどに裁かれる理由はない。勝手に罪をでっち上げておいて、間違っていましたと言われて、怒りこそすれ喜ぶものではない」
(pp.128)

最後に

この記事の主張を纏めると、次のようになります。

  1. 社員の一人一人を尊重し、心中する覚悟で取り組むこと
  2. 社員を減らすのではなく、仕事を増やす
  3. 日本国民の将来を守るために尽くす

きっかけとなった日田重太郎という資産家、海賊という渾名を付けられた理由。20世紀半ばを戦い抜いた国岡商店の歴史。そして、非上場などの一部の契りを破った今の出光について。

この記事では国岡鐵蔵の主張について取り上げたため、これらについてほとんど語っていません。もし知りたい人がいれば、手に取っていただければと思います。

最後に、モデルとなった出光佐三のアーカイブから一言。

『順境に悲観し、逆境に居て楽観せよ』

順調なときは楽観してしまう為、いざ逆境に突入すると右往左往する羽目になる。逆境にいるときはかえって慎重に考えてすぎてしまい、堅実で間違えのない計画となる。

将来の浮き沈みを考えて常に備えておけという、リスクマネジメントに通ずる言葉です。

参考資料

(1)百田尚樹、「海賊と呼ばれた男 上」、講談社(2012)

(2)「ソニーがリストラを断行、1万6000人削減へーITmedia エグゼティブ」、http://mag.executive.itmedia.co.jp/executive/articles/0812/10/news033.html

(3)株式会社日立製作所「業務改善に向けた取り組みについて」、http://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2009/01/0130c.html

(4)「「希望退職の募集」の結果及び特別損失の計上に関するお知らせ」、http://www.sharp.co.jp/corporate/news/121120-a.html?_ga=2.219888028.467550704.1512743716-498609834.1512743715

(5)写真AC、「ウィーン工業地帯の朝焼け」、
https://www.photo-ac.com/main/detail/723594?title=ウィーン工業地帯の朝焼け&selected_size=s

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