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【スクランブル・イレギュラー 感想】できるから失ってしまった少年たち
只木 ミロ作『スクランブル・イレギュラー』は、人よりできるからこそ失ってしまったものを取り戻す群像劇です。殺人鬼の思惑が何重にも絡まった飛行船を舞台に、諦めない少女と悪魔使いの青年が救いの手を差し伸べていきます。
暗い雰囲気の中でも無理矢理な『ノブレス・オブリージュ』のルビが中和しているように感じられる本作。事件として完結させつつ、全員が何らかの望みを叶えられている点が素晴らしいと考えています。本記事では各人物がどう救われたのかを中心に感想をまとめました。
- 諦念の中でも歩みを止めない、『ノブリス・オブリージュ』
- 人よりできるからこそ失ってしまったもの
- 自分なりの幸せを求める姿
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只木 ミロ/鳴瀬 ひろふみ SBクリエイティブ 2018年12月15日頃
目次
小説情報
あらすじ
超豪華飛空船ヴィクトリア号で発生した爆弾テロ。ある目的で船に乗り込んだお人好しの小説家・ヴィクトは、貴族的使命(ノブレス・オブリージュ)に異常にこだわる令嬢・リーゼロッテと出会い、乗客を救うために奔走することになる。
船に乗り合わせたのは、一言で身体の自由を奪う天才幼女催眠術師、臆病な最老の殺し屋、自爆を繰り返すテロリスト、あらゆる幸運を労せず手に入れる男、そして――悪魔。
「わたくしのノブ・オブをご覧に入れますわぁー!」
「とうとう略しだしたよ……」
非日常(イレギュラー)の跋扈する船内、ヴィクトは少女を救い、目的を果たせるのか。
主要人物
ヴィクト・ファニー
初恋の人が書いた冊子「黒の本」を探し求める小説家。常に死んだような眼をしている。小説の大罪に魔女狩りを調べていたところ悪魔キルデスに憑かれた。
暗器(隠し拳銃)を扱うが、本人の戦闘力は高くない。
リーゼロッテ・M・グレースネス
縦ロールの金髪が特徴的な少女。政界に通じるグレースネス財団の令嬢で、父親からの依頼で乗船した。何かとルビにノブレス・オブリージュを付ける。
サーベル(約2kg)より重いものを持ったことがなく、戦闘力は主要人物の中で最弱。しかし救うことを諦めない精神を有する。
キルデス
水色の髪をもつひねくれものの大悪魔。召喚者に求められた願いの反対を叶える。ヴィクトからの願いが『帰れ』だったため、地獄に帰らず従っている。明らかな好意を向けているが、全く応じてくれない。
影を操る力を有し、作中人物の中でも随一の戦闘力を誇る。戦闘力の低いヴィクトたちが戦場で生き残れるのは彼女のおかげといえる。
「スクランブル・イレギュラー」ストーリーPickup
以下、ネタバレ注意です。
全てに平等をもたらそうとした教主 パネロペ
教主パネロペは、金持ちが集う飛行船を政治機関へぶつけることを目的として乗り込みました。死を以て不平等を粛正する。選りすぐりの使徒15人を舞台へ投入しています。
文句なしのテロリストなのですが、彼の信念は『愛しく想う人が平等に幸せになる』ことです。使徒たちも奴隷など世間に虐げられた面々に光を魅せてきました。道中でフランの催眠にわざとかかり怪物化、周りと比べて劣っていた戦闘力を底上げします。
彼の最期は船内での自爆でした。最後まで寄り添った八番を安全な場所に逃がして起爆しています。
パネロペが欲しかった手は、陰謀的に奪われた初恋の恋人のもの。俗的に言えばNTRへの復讐でした。
偽の温もりに執着する少女 椎名フラン
12歳の少女椎名フランは一人ぼっちを何よりも嫌いでした。見知らぬ人に催眠をかけて家族にすることで、孤独を避けています。唯の家族ではまだ不安だったから身体能力を怪物へと押し上げました。
自分を見させて、おねだりを耳朶に響かせるだけ。簡単すぎる催眠条件と、全てを道具のようにしか思っていない我がままな性格から裏社会序列2位に君臨していました。
椎名フランが求めるものは本物の家族の温かさ。他人から関係を奪っている彼女にとって最も縁遠いものでした。それでも今際に叶えたあたり、主人公たちの優しさが光る一場面だったと考えています。
他人を殺すことしかできない老人 岡田米助
岡田米助は不自由な殺し屋でした。フォークで食事はできないし、歩けば転んでしまう。けれど人を殺めるときだけは誰よりも巧みに動くことができました。その性質は5歳のときの初暗殺から75年経った今でも変わっていません。
飛行船へはリーゼロッテの暗殺を目的として乗り込みました。パネロペ一味やフランの家族兵へ不可視のワイヤーを幾度と振るい、被害を広げていきました。
彼の終わりは唐突なものでした。何度か地の文で伏線としていた『蚊』を回収し、麻痺毒による勝ちを確信します。悪魔に毒は効かない、理不尽な現実をキルデスに突きつけられ即死しました。
岡田にとっての救いは恐怖から逃げられたことでしょう。75年間常に誰かに追われていて、死への恐怖は日に日に増していました。彼にとって怯えを感じる隙すら無かったことはわだかまった想いからの介抱を意味していたことでしょう。
世界の中心である青年 アレイスト・グッドマン
アレイスト・グッドマンは思ったことが何でも叶ってしまう青年でした。喉が渇いたと思ったら目の前の自販機が壊れ、陸上選手と勝負しても相手が勝手に転び、扉がロックされてても偶然故障して開く。理不尽を知らない青年は、既知しかできない人類へ失望していました。
『人間は窮屈。底が浅い、呆れるような生き方しかできない愚物である。見ていてまどろっこしいし、どうやったって自分が勝つのだからくだらない。』
故に飛行船に乗り込んだ理由に大した意味はありません。殺人事件に爆破テロが行われた後も、アレイストはなんとなくの動いています。唯一人工知能が要望を否定したことから、想定外だと驚いたくらいです。
アレイストにとって初めての敗北はキルデスによってもたらされました。なんとなく殺そうとした。必ず成功する突撃が、影によって飛行船の外へ吹っ飛ばされたのです。世界に愛された力を以てしてもパラシュートをくっつけることしかできなかった。初めての未知へ興奮を覚えるのでした。
アレイストは本筋に全く関わらない人物ながら、大きな印象を残した人物だといえます。そんな人へも幸せを与えるあたり、主人公らは相当のお人好しなのだと思わされます。
余談ですが、主人公ら以外が刷新された2巻においても彼だけは再登場します。もう一度キルデスに会いたい、世界は未だに彼を愛しているようでした。
まとめ:世界の中心にあるもの
- 教主の意を汲み取り復讐を果たす
- 催眠術師へ手の温もりを与える
- 暗殺者へ死の恐怖から解放する
- アレイストへ生きる意味をもたらす
数々の異常者を救ってきた主人公一行。彼らは遂に目的の本へ辿り着きました。炎の中に紛れた最愛の本を助けるため、小説家ヴィクトはためらわずに飛び込みます。
人々を偶然救ってきた青年が、自分だけの幸せを求めて亡くなる。それも1つの物語です。しかし、悲劇的な結末を決して許さない少女リーゼロッテが隣にいました。
顔面に炎。痛みはとうに消え、死だけが眼前に明滅。自分の顔面がぐずぐずに溶けていくのが、感覚として理解できた。それでも―――。
「怖くない」
魔法の言葉を紡ぎ、勇気のない少女は前へと進んだ。
「頑張れ、わたくし」
意味なんてどうでも良い。ただ、力が貰えればそれで良い。
『第三章 燃え行く炎の中心で』より引用
『ノブレス・オブリージュ』と言うことしかできなかったお人好し。誰も殺めることなく、誰も直接救うことができなかった少女。そんなリーゼロッテがかつての後悔を払しょくするため、誇りを捨てないため。躊躇なく飛び込むシーンは驚きを隠せませんでした。
只木 ミロ作『スクランブル・イレギュラー』は、人よりできるからこそ失ってしまったものを取り戻す群像劇です。飛行船を犠牲にしつつ、登場人物全員に何らかの救いを与える。綺麗にまとまった構成だと考えています。
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只木 ミロ/鳴瀬 ひろふみ SBクリエイティブ 2018年12月15日頃
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