誉田哲也「世界でいちばん長い写真」広がる少年の世界

……でも、おそらくこの感動は、一生に一度きりのものになると思うから……君たちだけでやってごらん。私はここで、楽しみに待っていることにするよ」
僕は、おじさんから受け取った、細長いフィルムの箱を見つめた。
一生に、一度きりの、感動――。


103ページより引用

どんな分野であれ、好きなものに突き進むさまはかっこよく見えるものです。しかし目の前にあるものが本当に好きなものなのか判断することは簡単ではありません。特に”自分”の殻を作る前の反抗期・思春期の人にとっては近くの環境しか見ていないこともままあります。

誉田哲也作「世界でいちばん長い写真」はそのような中学3年生の少年が1つのものを追い求める成長物語です。支えてくれた親友を失った冒頭の主人公は、幼馴染から心配されるほど何事にも無気力でした。そんな人であっても1つのきっかけから”自分の好きなもの”を探し求めて貫き通します。まっすぐな姿に徐々に共感を覚えるようになり、好きを押し通す勇気をもらえる作品でした。

あらすじ

親友の洋輔が転校してから内藤宏伸は何事にも打ち込めなくなっていた。ある日、従姉の竹中温子が持ってきた手作りカメラに心を惹かれる。初めて自分が計画した写真をきっかけに周囲が変わっていく。

打ち込めるものを見つけて好きを追いかけた物語。

読みどころ3選

  1. カメラをきっかけに変わる思い
  2. 奈々恵が宏伸へ抱える想い
  3. 成長した宏伸の活躍

主要人物

内藤宏伸(ないとうひろのぶ)
本作の視点人物。中学3年で写真部の平部員。マミヤのカメラをきっかけに、好きな写真を追い求めていく。
洋輔(ようすけ)
冒頭で転校した宏伸の親友。恋人がいたが別れている。主体性のない宏伸が自分なしで大丈夫か不安だったが、近況を聞いて安心した。
三好奈々恵(みよしななえ)
宏伸の幼馴染で、彼のことを「ノロブー」と呼んでいる。写真部部長で、己を出さない宏伸のことを心配していた。
竹中温子(たけなかあつこ)
宏伸の20代前半の従姉。祖父に頼まれて東京までカメラを取りに行っていた。好きなことに打ち込む宏伸をサポートした。後に写真屋のおじさんにプロポーズしている。
お祖父ちゃん
宏伸や温子の祖父。ふとしたきっかけで旅立つ癖があり、作中ではインドへ1月ほど放浪している。
写真屋のおじさん
特殊なカメラについて宏伸たちに説明した店主。現像の腕も高く松本とともに「世界でいちばん長い写真」の現像を担当した。
松本三郎(まつもとさぶろう)
世界でいちばん長い写真を撮る機械を作った写真家。お祖父ちゃんの知り合いで、彼にカメラを取ってきてもらうように頼んだ。

ストーリーPickup

毎度のことながらネタバレ注意です。伏線やトリックのない物語なので、読んだからといって途端につまらなくなるという類ではありませんが。

灰色の日常

親友の洋輔が転校してしまってから宏伸の日常は腐っていきました。朝を起きる時間も遅くなり、廃墟の赤子の人形へお前とは違うと吐き捨てる始末。自分がしたいことも分からず無為な時間を過ごしていました。

読めば読むほど宏伸にもどかしくなる、起承転結の「起」の部分です。自立できるのか、周囲の心配に宏伸は気づきません。温子からマミヤのカメラを見せられるまでは……。

一生に一度きりの感動

宏伸と温子はカメラの正体が分からず、街の写真屋のおじさんに尋ねに行きます。お祖父ちゃんが頼んだカメラは下の回転台を利用して360°パノラマ写真が取れる装置でした。思い出になると専用のフィルムをくれ、2人は公園へと向かいます。見晴らしのいいすべり台の上からいざ撮影……しましたが、直前まで自分の方まで回ってくることを忘れていたために散々な結果で終わりました。

この章では、宏伸が失敗した写真を見た反応が印象的です。最初の1枚は涙が出そうなくらい「そこらの心霊写真より、よっぽど気持ち悪い」(115ページより引用)ものでした。しかし行動した結果なのには変わらず、もっと挑戦できるようにと温子はフィルムをできる限り購入します。

夕陽の向日葵

従姉にフィルムを買ってもらい、好きに写真を撮る権利を得た宏伸は有頂天になっていました。世にも珍しい写真を撮ることのできる、巨大ロボットのパイロットの座を渡すわけにはいかない、と奈々恵には隠しとおすことにします。人が変わったようにマミヤのカメラについて調べ、挙動不審な態度で答える彼を奈々恵は怪しんでいました。

写真のアイデアについて悩んだ末に、宏伸は向日葵畑を思い浮かべます。向日葵が咲く1日を狙い、つぼみが育ち切ることを待つことに。温子の協力も得られた当日、彼女の伝手を元に向日葵畑にカメラを構えます。時間帯を変えて撮った3枚の中に、誰もが息を呑む写真がありました。宏

夕陽を浴びるヒマワリが、薄紫の空を背景に、よりいっそう濃い黄色に花びらを輝かせている。ゆっくりと目を移していくと、オレンジ色の夕焼けの真ん中には、弾けそうに白い太陽が、まるでヒマワリの親分みたいに力強く浮かんでいる。
(中略)
そう、僕は夏を、丸ごと切り取ることに成功したのだ。
自分で撮った写真を、こんなにいいと思えたのは、今この瞬間が初めてだ。


146、147ページより引用

傑作だと言い切れる作品だとしても、奈々恵が手綱を握ればもっといい写真を撮れるだろう。自分への過小評価やパイロットの座を奪われる恐れから、宏伸は自分の部屋にだけそっと飾っておきます。あくまでも自分の思い出として……人に明かすことから逃げていた姿が描かれています。

奈々恵にとって360°カメラよりも宏伸の自立・成長は望ましいことでした。隠し事をしていたことよりも素晴らしい写真を自慢してくれなかったことに不満を述べます。本作前半の奈々恵は、部長という立場から宏伸を厳しく言いつける役回りです。「ノロブー」という蔑称からも嫌な印象を持たせる人物でしたが、以前のように笑ってほしいという願いも込められていました。奈々恵は良くも悪くも人によって印象が変わる、部長として写真部のことを第一に考える人物だったといえます。

世界でいちばん長い写真

360°すべてを映したい風景がない。向日葵の写真を撮ってから、次の被写体が決まらないことを悩んでいました。とある日、作成者の人へカメラを返すついでに会うことに。作成者、三郎も同じ轍を踏んでおり「すべてを撮る必要はない」ことに気付かされます。それでもスペックを活かしたいと考えた結果、彼はカメラを人が囲う構造を思いつき、世界でいちばん長い写真を撮っていました。

自分では思いつかなかったアイデアと出会ってもなお、挫けることなく受け入れることができたのはカメラを通した成長のお陰でしょう。三郎という先達と出会い、奈々恵に「世界でいちばん長い写真」のアイデアを発表することを押し付けられ、自然と拓郎は前を向いて進んでいました。

まとめ:「セカチョー」実行委員長として

「世界でいちばん長い写真」のアイデアは同級生に好評でした。成り行きで学年の代表として撮影会を取り締まることになります。13回転の中で誰ももめないように、1度きりの挑戦を失敗しないように計画する。先達として学年をまとめ上げる宏伸の姿は、春のことと結びつかないほどに成長していました。

写真に声は残らないけど、けっこうみんな、ワーワーキャーキャー騒がしかった。でもそういうのって、絶対表情には表れると思う。この興奮は必ず、写真にも写っているはずだ。
途中でアニ研のガンダムが、風に吹かれて倒れた。でも文化祭は終わってるから、彼らももうそんなに悔いはないみたいだった。みんな、寿命だなって笑ってた。


269ページより引用

この作品は宏伸がカメラをきっかけに成長した物語です。最初の無気力な姿から徐々に精神が成長していく姿は見ていて勇気を与えられる人もいるのではないでしょうか。勇気を出せず、思いを行動に移せない人に見てほしい小説でした。

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