2011年岩手県産のお米は安全だったのか? この問題を解決すべく小難しい数式を並べて考えてみました。
そのときに代表値の取り方や高濃度汚染米ができた要因が不十分であったことを最後に書いています。また中立的な位置を保とうとはしていましたが、放射線を使用する利点について記していませんでした。これらのことから、補足記事を作製していきます。


他の要因について
前回、土壌汚染と玄米汚染に相関がみられない点を問題点として挙げました。しかし実際に数値が上がっていることは事実です。つまり土壌汚染と玄米汚染は間接的な相関を持っている考えられます。
では何が原因で相関がなくなってしまったのか、検出値と実際の値の大小を踏まえて考えていきます。
放射線濃度の測定速度
まずは実際の値より低く検出してしまった方から。放射線を測定するのに装置が必要とする時間と一商品辺りにかける時間が適合しないことがあります。これは特にベルトコンベア上で測定していると問題になります。
例としてベルトコンベア上で測定している場合を考えてみます。ベルトコンベアは測定に要する時間より速く、放射線量の50%しか観測できないと仮定した。放射線量を0~10のrand関数で与え、観測値の合計値が適当な値(今回は7.5)に達したとき装置が異常を知らせるとする。このとき機械が発した異常と実際の値の異常がどれだけ合致しているかが問題になる。今回は500サンプルの乱数を7回回して計測した。
実際の値との比較 | 機械の報告 | 全試行の合計値 | 割合 | 試行1回目 | 試行2回目 | 試行3回目 | 試行4回目 | 試行5回目 | 試行6回目 | 試行7回目 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
異常 | 正常 | 650 | 18.57% | 92 | 87 | 99 | 92 | 82 | 91 | 107 |
異常 | 異常 | 541 | 15.46% | 72 | 85 | 77 | 80 | 84 | 81 | 62 |
正常 | 正常 | 1907 | 54.48% | 289 | 267 | 264 | 264 | 281 | 271 | 271 |
正常 | 異常 | 402 | 11.49% | 47 | 61 | 60 | 64 | 53 | 57 | 60 |
上記の表から分かるように、装置が問題ないサンプルに異常を示すこともあれば、その逆も起こりうることが分かります。仮に積算ではなく1サンプルごとにデータをリセットする場合、前者はなくなりますが後者は増加します。
rand関数を適当な指数関数に代入してから計算すればより精密な値が得られるが、適切なサンプルの値が手に入らなかったため、安易な実験のみとしています。
実験:実際の値と機械の報告値の異常比較(実験に使用したExcelファイル。残念ながらマクロを組めないので手動ですが)
環境の違い
一方で異常値が特異な条件下での値だと考えることもできます。その中の一つが、田んぼの環境の違いです。参考文献1の報告によると「土壌カリウム以外の土壌特性の相関はなく、セシウムが降下した際に有機物に付着して固定化され、有機物から根が吸収した」という結論を出しました。
一般的にセシウムは有機物や土壌に固定されやすいという特徴があります。その時点での結合は弱いのですが、数か月以上の時間をかけて「特定の粘土鉱物の結晶層間」に強く固定されます。固定されたセシウムは安定しているので、移動度が低く根による吸収もできません。このことから土壌の放射線量に対する玄米中の放射線量の比率は、年を経る度に低下していくと考えられます。
補足:セシウムの吸着
セシウムは第6周期1族に分類されるアルカリ金属です。なので、セシウムイオンはナトリウムやリチウムと同じ一価の陽イオンになります。これを粘土鉱物で吸着する方法は主に2つあり、それを説明していきます。
1つ目は粘土鉱物表面の吸着です。粘土鉱物の多くはケイ素とアルミニウムが含まれています。ケイ素ーアルミニウム酸化物は4配位(酸化ケイ素)と6配位(酸化アルミニウム)の違いにより固体酸(表面に陽電荷が局在して陰イオンを引っ張る性質)になることが多々あります。ここで重要な点としてアルミニウムの価数を補う為なのか、アルミニウムの側近に一価の陽イオンを補うことがあります。同型置換と呼ばれる現象ですが、硝子や人工ゼオライトでよく行われています。
2つ目は層間の吸着です。一例としてイライト結晶構造を下に載せました。(Wikipediaの画像「イライトの構造」より引用)このうちカリウム(黄色)はセシウムと同じ一価の陽イオンであり、これらが交換されることで吸着されます。この結合は1つ目のものと比べて強く、この性質を持つ粘土鉱物が多いと移行係数(玄米中の放射線量から土壌の放射線量で割ったもの)が小さくなるという報告もされています(参考文献2)
機械への汚染
最後に取り上げるのは耕作機械が放射線汚染されていた場合です。この場合土壌汚染や移行係数に囚われず直接汚染することができます。その一方で表面にしか付いておらず精米過程で取り除かれる部分でもあるのですが……精米機械が汚染されていた場合を含め、一概に判断はできません。
幸いなことにセシウムイオンは大きく、水素イオンのように結晶間に吸収されることはまずありません。(水素イオンの侵入について知りたい方は水素脆性を検索)したがって態々買い替えなくとも装置表面を洗浄するだけでなんとかなるかと。
コラム
ここからはセシウムさん騒動と岩手県・福島県にそこまで関与していないデータを集めたコラムになります。隣接しているのに忘れ去られた茨城県や、敢えて触らなかった厚労省の報告など4点を収録しています。
実はそこまで高くない
同じ太平洋側に位置していながら東北でない分、岩手県や福島県と比べ震災被害者としての影が薄い茨城県。なのに栃木県などと同様に、放射線、放射線と騒がれる。ここまで不遇な扱いを受けていますが果たして放射線は本当に多いのか、という検証です。参考文献3「新・全国の放射能情報一覧」の県別最大値(2018/02/11)を用いて判別します。
なお単位はすべてμSv/hですが省略しました。
まず茨城県から、北茨城市(福島県との県境)の0.074です。栃木は那須塩原市の0.087。やはり福島県よりの方が強いのでしょうか。(因みに東京は0.037)
一応数字は嘘つかないということで、0.070を越えた府県を紹介します。ただし代表値として妥当かどうかは別問題ですが。太字が茨城以上、太字青色が栃木県以上です。
- 福島県:9.603(福島県夫沢三区地区集会所:大熊町)
- 茨城県:0.074→0.073
- 栃木県:0.087→0.088
- 埼玉県:0.079(三郷市)
- 富山県:0.078(富山県庁)
- 岐阜県:0.077(下呂市)
- 愛知県:0.077(岡崎市)
- 三重県:0.081(尾鷲市)
- 大阪府:0.076(東大阪市)
- 兵庫県:0.071(尼崎市)
- 和歌山県:0.070(新宮市)
- 鳥取県:0.070(鳥取県庁)
- 島根県:0.071(奥出雲町)
- 岡山県:0.074(笠岡市)
- 広島県:0.095(三次市)
- 山口県:0.094(山口市)
- 香川県:0.074(さぬき市)
- 愛媛県:0.077(松山市)
果たしてこれを見てどう思いますか。空間線量のみで判断すると北関東以上に東海地方(静岡除く)と瀬戸内・中国地方が危険地帯に感じられます。特に広島県の結果は福島県を除いて日本トップなのですが、放射線騒動で騒がれることは滅多にありません。何故原発も原爆も関係が薄い東海と瀬戸内がここまで高いのでしょうかね……(三次市は広島市と隣接しておらず、救援要請を送れるほどには無事だった)
要するに空間線量だけで比較するとそこまで高い放射線量じゃないという話です。最近採れた北関東産の野菜を敬遠するならば、瀬戸内や東海のものも一緒に敬遠するべきなのかもしれません。
厚労省の測定値
信用性の問題から敢えて触れてきませんでしたが、厚労省も放射線量を報告しています。
13都道府県(北海道、岩手、宮城、福島、茨城、栃木、埼玉、東京、神奈川、新潟、大阪、高知、長崎)において可能な限り地元産品あるいは近隣産品を購入する。それを14種類の食品群に分け混合した試料(MB試料)から放射線セシウム濃度を検出する方法を用いているらしい。(参考文献4)
結果は平均0.0022~0.0007mSv/年と算出され、これは空間線量が1年に及ぼす影響(0.074 μSv/hでは1年で0.648mSv)と比べ十分に小さいと考えられます。
それは放射線のせいなのか
癌は人が長寿になるに連れてよく聞く名前になりました。不死化細胞(半永久的に増殖し続ける細胞)が体内にでき、それが臓器を圧迫することで死に至る病です。よく分かってはいませんが、強力な放射線や薬剤をぶつければ死ぬので、それを行っているのが現状です。
ここからが本題ですが、そもそも癌の原因は何でしょうか。心臓病であれば高血圧や心筋の不調、骨粗鬆症であれば骨芽細胞の減少によるリモデリングの失敗など、原因が特定された病気も数多くあります。しかし、癌の原因は遺伝子、発癌物質(芳香族アミン、アセトアルデヒド、砒素など)、ウイルスや細菌、食生活や喫煙、大気汚染、放射線など原因が多岐に渡り過ぎています。
行政は蓄積線量が200mSvで癌にかかる確率が1%ほど上がると言っていますが……。あくまで統計上の結果であり科学的な根拠はありません。チェコ・リポートのように年2回の胸部X線撮影を3回繰り返したことで死亡率が上がったという報告もあります(参考文献5)し、その逆も考えられますから。
X線やγ線の活用例
最後のコラムはX線をどのように使っているか、になります。X線はレントゲンが発見したとされ、その後危険性を知っていながら幅広く使われています。その用途の一つがXRD(X線回折法)やEDX(エネルギー分散型X線分析)など非破壊検査です。これはX線の波長(0.01~100 nm)と分子や結晶の大きさが合致していることを利用しています。
これにより態々壊したり粉々にしなくても細部まで測定できるようになり、材料学や測定工学は大幅に発展しました。材料学と聞くとほんの小さな分野に思われるかもしれませんが、バイオマテリアルの発展に伴って再生治療が可能になる(もちろんES細胞など細胞自体の開発も一大要素である)、半導体の性質が進化して端末が高性能になるといった産業界全体の進歩につながっています。
他にもX線の吸収・透過性能を活かしたX線CTや、変わったところではジャガイモの発芽抑制作用に使わています。
一方γ線は波長がpm単位であり、X線と比べて非常にエネルギー量の高い状態です。危険性もありますが、γ線がなければ発展しなかった分野もあります。透過性能とエネルギーの高さを活かした放射線治療や滅菌の他、波長の長さを活かして原子核を測定することができます(ガンマ線顕微鏡)。この進歩に依って原子核を見ることが可能になり、2003年にはハイゼンベルグの不等式の修正が入りました(小澤の不等式)。
このように危険性が認識されがちな放射線ですが、産業界に多大なる貢献をしていることも事実です。薬同様危険な側面を持ちつつ利用していかなければならない、という人並みな結論を残しコラムを締めさせていただきます。ここまで全3回、最後まで見ていただいたへ感謝します。
参考文献
1)塩沢昌「土壌汚染の新知見――放射線セシウムの土壌中の挙動と水稲への移行」、https://www.jstage.jst.go.jp/article/tits/17/10/17_10_28/_pdf
2)「放射性セシウム濃度の高い米が発生する要因とその対策について」、https://www.pref.fukushima.lg.jp/download/1/youinkaiseki-kome130124.pdf
3)「新・全国の放射能情報一覧」、http://new.atmc.jp
4)「食品中の放射セシウムから受ける放射線量の調査結果(平成29年2~3月調査分)」、http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11134000-Shokuhinanzenbu-Kijunshinsaka/2015051502.pdf
5)「ガン発症は放射能が原因か」、http://www.rpn.jp/practice/news/news05a.html
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