2011年、とある番組のテロップに映った「セシウムさん」の文字。震災から半年足らずのとき、一部の国民の不快感を買ったのは間違いなかった。
それから6年以上経って、改めて考えるべきことがある。
果たしてあれは虚偽の報告だったのか、を。
重い元素の多くは、人体への危険性から使用を自粛されています。その中には20世紀に大活躍した、鉛や水銀なども含まれています。
一方”ふくしま”の食材を積極的に食べようとした活動が、今でも時折見られます。今なお残る放射性物質を危惧して、徹底抗戦の構えを見せる動きもあります。
ここは物語を明日へと残していくブログです。であれば互いの思想を今一度整理し、読者に回答を委ねたいと考えています。幸いなことに今は土壌を休めている冬であり、次への考えを纏めるのにはうってつけの季節です。
前編にて疑念を提起した「セシウムさん騒動」について簡単にまとめた後、後編で福島米の出荷の反対・賛成の根拠を調べました。
Contents
セシウムさん騒動
概要
2011年8月4日放送「別冊!ぴーかんテレビ」中にて、「岩手県産のお米・ひとめぼれ3名プレゼント企画」の当選者画面に勝手に切り替わり、当選者名が「怪しいお米 セシウムさん、怪しいお米 セシウムさん、汚染されたお米 セシウムさん」になっていた。Wikipedia曰く、この映像は23秒間にわたって報道されたとのこと。
ぴーかんテレビ自体は東海テレビ(中京地区のフジテレビ系列)で報道されたローカル番組であったが、日本民間放送連盟やBPOが出てくる大騒動に陥った。
失敗理由は「ダミーテロップの確認ミス」「コミュニケーション不足」、不適切な映像を流し風評被害を生んだとして「ぴーかんテレビ」は13年の幕を閉じた。
悪質なテロップミス
YouTubeで問題の映像を拾ってきました。下に貼っておくので興味があれば一度見てみてください。
(投稿者:nyulonn、投稿日時:2011/8/4、アドレス:https://www.youtube.com/watch?v=IqoUxKIb0us)
前半部で紹介されているのは、「秋田県産稲葉うどん」の通販になります。被災地で生産された食品にお金を払い、そのお金を持って復興する。そのプロジェクトの合間にこのような騒動が起きました。
それゆえ余計に被災地や視聴者からの苦情が17000件以上(8日夜までの統計)寄せられ、被災地への冒涜や風評被害の原因と扱われるように。
本当に風評被害だったのか
Wikipediaの情報を鵜呑みにする限り、達増 拓也現岩手県知事から「マスメディアはデマを沈静化し、防ぐ使命があるはずだ」と述べたそうです(リンク切れにより証拠は取れず)。また東北全体のお米が風評被害により問題視され、不謹慎なテロップで苦労が台無しになる旨の記載が掲載されています。
2011年当時は震災直後ということもあり、絆を以て復興しようとする動きがありました。そしてそれを妨げるものを一斉に非難するという傾向も強まりました。
当然この傾向があったとしても「セシウムさん騒動」はマスメディアが犯した騒動の一つとして残ります。
しかし今一度、本当に風評被害の流布であり悪質なデマであるかは考察する必要があると考えます。
放射線について
悪質なデマか、というのを判断する前に放射線・放射能について軽くまとめておきます。
より詳しく正確な情報を知りたければ、学習院大学の田崎晴明教授が運営している「放射線と原子力発電事故についてのできるだけ短くてわかりやすくて正確な解説」がおすすめです。
そこまで短くはないですが、事故当時に数理物理学者が中学校レベル(放射線・放射能ってなに?)から理系大学レベル(ベクレルからシーベルトへ)まで幅広く、理論を展開していった記事になっています。
リンク:http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/housha/index.html
放射性物質とは
放射性物質とは「放射線を出す能力を持った物質」もしくは「不安定な物質」を指します。
酸素でも水素でも、全ての原子には最も安定な状態があります。ではその状態から離れていたらどうするでしょうか?
その答えが「放射線を出すことによって」安定化するということです。
エネルギーが高い原子が放射線を出すことによって、保有しているエネルギーを下げようとする動きをしています。これは原子に限った動きではなく、熱伝導やボールの落下、電流の流れなどにも見られる現象です。
以下ちょっとだけ発展的な説明になります。
上記の法則を表すパラメータとしてエントロピーという概念があります。エントロピーとは「物事の乱雑さ」を表す値で、エントロピーが小さいほど局所的にエネルギーが集まっていることになります。状態数をWとするとエントロピーは次のように定義されます。
\[
S[J*K^{-1}]\simeq1.38062\times10^{-23}\times\ln{W}
\]
エントロピー増大の法則(熱力学第二法則)が適用される限り、エントロピーは(局所的に減少しても)系全体では増加していきます。これにより局所的な化学エネルギーから、電磁波や熱といった乱雑なエネルギーへと変化することが説明されます。
一般的にギブズの自由エネルギーGの変化(下式)が負になる場合のみ、反応が生じるとされています。
(H:エンタルピー、T:温度[K])
\[
ΔG=H-TS
\]
放射線とは
次に放射線についての説明になります。放射線とは、α線、β線、γ線など不安定な物質(放射性物質)が安定化する際に放出するものです。いずれも非常に小さい物質であり、生物の目で見ることは出来ません。
α線、β線、γ線は飛んでいる物質で区別されます。性質の違いを次に書いておきます。
以下eVという単位を用いています。eVは「電子1個に1Vの電圧をかけたときのエネルギー」に相当しており、下式でジュールに変換されます。
\[
1[J]=1.60218*10^{-19}[eV]
\]
α線
α線はヘリウムイオン4He2+が秒速15000~20000m(Wikipediaより)で飛行している状態です。α崩壊(原子核中の陽子と中性子が2個ずつ外に行く反応)と呼ばれる反応により発生します。
エネルギーはβ線やγ線より大きいが、空気中の飛距離はわずか数cmです。なので、外部被曝の際は無視されます。
しかし内部被曝(経口摂取)の場合、近くの細胞へ攻撃できるため放射性被害に大きく寄与します。
量子力学を使用しないと正しい値は求められないのですが、参考程度に古典論でのα線のエネルギーを載せておきます。
\[
\frac{1}{2}*(6.69504*10^{-27})*((1.5\sim2.0)*10^7)^2=4.7\sim8.4[MeV]
\]
β線
β線は電子線であり、飛行物体は電子もしくは陽電子です。β崩壊(電子の放出)によって発生します。
エネルギーは0.2MeV程度、空気中の飛距離は数十cmとなっています。アルミ箔で防ぐことができるので、放射線物質の保管時はアルミホイルでくるみます。
α線ほどではないが反応性は高く、外部被曝では皮膚で動きを止めます。しかし内部被曝ではα線と同じく細胞破壊に寄与します。
γ線
γ線は太陽光などと同じ「光子」という素粒子の流れです。
光子の流れは波長によっていくつかの名前を持ち、γ線もその一つに分類されています。
名称 | γ線 | X線 | 紫外線 | 可視光線 | 赤外線 | マイクロ波 | ラジオ波 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
波長 | 0.1nm以下 | 0.1nm~100nm | 100nm~400nm | 400nm~800nm | 700nm~1mm | 1mm~1m | 1m以上 |
エネルギー(概算) | 0.01MeV以上 | 10000eV~10eV | 10eV~3eV | 3eV~1.5eV | 1.5eV~0.001eV | 0.001eV~1μeV | 1μeV以下 |
エネルギーの計算例:波長1.0nmのX線の場合
\[
E=\frac{h\times c}{\lambda}[J]=\frac{(6.626*10^{-34})*(2.998*10^8)}{(1.0*10^{-9})*(1.60281*10^{-19})}=1.3*10^3[eV]
\]
物質との相互作用は少ない分透過率は高く、空気中の飛距離は数十mにも及びます。それ故外部被曝の場合は、放射線=γ線と扱われて計算されています(後述)。内部被曝の際も、α線等より小さいが影響を与えています。
複雑な単位の関係
放射線を表す単位はいくつかあり、これらを誤解すると判断ミスの元になります。なので予め説明しておきます。
ベクレル(Bq)
ベクレル(以下Bq)とは、「放射性物質が1秒間あたり崩壊する原子の個数(以下、放射線量とする)」の単位です。理論上半減期と質量さえ分かれば計算できます。
「計測器への放射線の衝突数」と「崩壊した原子の個数」は一般的に比例関係にあります。だから線量計などの原理に使われている単位です。
シーベルト(Sv)
シーベルト(以下Sv)とは「特定組織への被曝の影響の大きさ(等価線量)」や「全身の被曝を評価する量(実効線量)」を表す単位になっています。これらは直接計測することができない単位であり、放射線量(Bq)→吸収線量(Gy)→実効線量(Sv)→等価線量(Sv)という変換をしています。
Svは放射線物質や放射線に依らない単位であり、人体への被害を示しすのに適切な単位となります。
国際放射線防護委員会2007年勧告による定義(要約)
実効線量[Effective dose]:人体のすべての特定された組織及び臓器のおける等価線量の組織荷重合計
等価線量[Equivalent dose]:組織または臓器が放射線から受ける平均吸収線量へ放射線加重係数をかけたもの。
放射線加重係数
吸収線量から等価線量へ変換する際、どの放射線が当たったのかを考えなければいけません。2つは一次比例する数値ですが、この時の係数が放射線加重平均と呼ばれています。
下の表は国際放射線防護委員会2007年勧告(http://www.icrp.org/docs/P103_Japanese.pdf)68ページ(pdfのページ)の表2を、一部(中性子の放射線加重係数の文面)改竄したものになっています。
放射線のタイプ | 放射線加重係数 |
---|---|
光子 | 1 |
電子とミュー粒子 | 1 |
陽子と荷電パイ中間子 | 2 |
アルファ粒子、核分裂片、重イオン | 20 |
中性子 | 中性子エネルギーによって異なる連続関数により定義 |
なお、中性子の連続関数は
\[
2.5+18.2\exp(\frac{-(ln(E_n))^2}{6}),E_n\le1MeV
\]
と複雑かつ脱線するので省略します。
グレイ(Gy)
グレイ(以下Gy)は、「単位質量あたり物質が吸収するエネルギー量(吸収線量)」の単位です。
\[
D=\frac{d\bar{\varepsilon}}{dm}
\]
吸収線量Dは、物質の質量dm中で電離放射線が与えるエネルギーdεの平均から定義されるので、吸収線量Dは測定可能な量となっています。
吸収線量はあくまで物理量の一種になります。エネルギーを与えた放射線や衝突先の情報は何も与えられておらず、危険性についても取り扱っていません。例として、足と肺では同条件でも被害の程度が異なります。したがって、どちらかというと放射性治療など医療分野で用いられることが多い値です。
まとめ
今回はセシウムさん騒動、放射線についての予備知識の2点について書いてきました。
- セシウムさん騒動とは、テロップ事故による風評被害の流布が疑われた事件である
- 放射線はα線(ヘリウム)、β線(電子)、γ線(光子)に分けられ、それぞれ性質が異なる
- 放射線関連の国際単位系はベクレル、グレイ、シーベルトの3つであり、これらは物質や放射線の種類を特定すれば変換できる
後編では放射線量の計測値を用いて、お米の安全性を評価していきます。
参考文献
「セシウムさん騒動」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%82%B7%E3%82%A6%E3%83%A0%E3%81%95%E3%82%93%E9%A8%92%E5%8B%95
「放射線と原子力発電事故についてのできるだけ短くてわかりやすくて正確な解説」http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/housha/index.html